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部族の絨毯と布 caffetribe

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部族の絨毯と布

文様から観えてくること1.

先日、ハウスクエア横浜という住宅展示場において、文様についてのスライド&レクチャーを行った。今回は「部族における文様の意味とは・・・・・。」というものでこれまでにも何度か取り上げてきている。文様について、その起源を人類の脳の進化(淘汰?)と発達(退化?)から掘り下げてみようというものだった。
まずは、人類はいつ頃から象徴的な文様(記号やシンボル)を表現するようになったのだろうか?
● ネアンデルタール人と現人類
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右がネアンデルタール人で左が現人類の頭の断面図である。
ネアンデルタール人は現代人とほぼ変わらない脳の容量を持ち、道具を使い、言葉をしゃべり、動植物の違いを認識し、ある程度の社会性を持っていたにもかかわらず滅んでしまったのか?
その後、生き残って現代にいたった現人類はどこが違っていたのかという事である。
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それは極端に言えば、「心」=無意識の発達に大きな違いがあったのではないだろうか?
これはカイエ・ソバージュ「対象性人類学」のなかで、中沢新一氏が述べている。
『ネアンデルタール人のしゃべっていた言葉には「無意識」がなかった~~~中略~~~~
無意識に支えられていない言葉には詩的なるものは生まれなかった。」
ネアンデルタール人は早生で、生まれたから僅かの間に大人になり、現人類のように自分ではなにも出来ない、いわゆる赤ちゃん時代が短かったようである。
この赤ちゃん時代に私達に特有の「無意識」の構造が発達するらしい。
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上の図は2枚目と3枚目は同じ内容であるが、現人類は流動的知性もしくは認知的流動性という脳の進化?淘汰により文化の爆発的開花が起きたと、「認知考古学」では考えられている。
ネアンデルタール人は現人類と同様に複雑ではないにしろ言葉を発し、道具などを使用する技能的知能をもち、他の個体とやり取りをする「社会的知能」や自然界の動植物を理解する「博物的知能」も備えていたと考えられている。
ところがそれぞれの知能はそれぞれ独立して機能していたようだ。
いまから3万5千年ほど前ころから、現人類は洞窟などに象徴的な壁画や手形などの芸術的表現を行うようになった。芸術の製作を左右する脳の働き、社会・博物・技術という独立した知
能が、継ぎ目なく滑らかに機能したとき創造性が立ち上がり、人に象徴的思考が生まれ記号やシンボルなどのいわゆる文様的世界を創出してきたのかもしれない。
「洞窟へ」心とイメージのアルケオロジー(考古学)で港千尋氏は、多くの先史時代の芸術から現人類の心のとイメージの進化(淘汰)をイメージ、記憶、変身などから人類の思考の可能性と未来へ繋がる新しい扉を開いている。

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最も古い時代の芸術の一つと考えられている、ショーヴェ洞窟のメガセロスいわれる巨大鹿。

わたし達現人類の脳に起こった革命的な組み換え機能により、流動的知性が運動を開始しその様々なイメージ、記号、文様などが生まれ形を変えながら生活の中に広がって来たことだろう。先住民や遊牧民の生活の道具として続いてきたモノのは先史時代の躍動感あふれる原始の息吹のようなものが感じられる。
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イラン西部ザクロス山脈に遊牧するルル族のサドルバックの部分4つに分かれた尻尾に注目

参考文献
カイエ・ソバージュⅤ 対象性人類学 中沢新一著
洞窟へ 心とイメージのアルケオロジー 港千尋著
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by caffetribe | 2008-05-20 14:58 | 文様に思いをはせる