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部族の絨毯と布 caffetribe

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部族の絨毯と布

西から東へ。東から西へ。(文様の伝播)

東西アジア交流の道、シルクロードは文物・人が東西に移動し、そこに様々な思想や技術が交流し多くのドラマが生まれた道なのでしょう。

絨毯といえば、やはり西域のペルシアやチュルク系がその中心で、文様も現在のトルコ・イラン・アフガニスタンなどで生まれ、発達したと考えられています。
ところが中には、東から西へと伝えられた文様世界があります。
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その代表と言えるのが、中国の龍と鳳凰です。
この文様は中世から近世にかけてモンゴル軍の西方への大移動により、ペルシアを中心にアラブ、トルコへ広がったようです。さらにティムール朝時代には明朝との交流が深まったこと、同時に海上貿易も盛んになって大量の陶磁器が中東地域に運ばれたこともその伝播の動きに拍車をかけたようです。

絨毯に表現された文様としては、特に鳳凰と龍のセットが多いようです。
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龍鳳文絨毯 アナトリア 15世紀初期~中期 ベルリン国立博物館イスラム美術館蔵

中国では北の龍。南の鳳凰として、遥か古代から皇帝のシンボルとして北方系の場合は龍が南方系の場合鳳凰がいつしかそれが混ざり合い、愛用されてきた歴史を持っています。
ところがイスラム世界では、ペルシアの伝説に登場する霊鳥シムルグと結びつく鳳凰は善として、龍は悪として帝王の武勇伝では退治されるものとして中国とは変化して表現されているようです。
上の絨毯でも龍と鳳凰は戦っている、闘争図として表現されているようです。

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イランで最も有名な歴史書『シャーナメ=王書』に登場する黒い龍。ロスタムに退治されるのか・・・。
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一方、霊鳥シムルグ(鳳凰)はシャー『王』を守護する存在なのか・・・・?
ラシティドゥジィー刺繍布(イラン北西部カスピ海沿岸の刺繍布)

またチュルク系(トルコ系民族)によるセルジュク.オスマン時代にも僅かだが龍と鳳凰らしき文様の絨毯が織られています。
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16世紀アナトリアラグ VAKIFLAR 絨毯博物館所蔵
この龍が悪者か守護者かを巡っては、大変に興味深い民族的な歴史があるようで、古代から現代に伝わる『龍の起源』と『龍の性格』については、いつかまた考察してみたいです。
どちらかと言えば、アーリア人であるイラン系民族よりモンゴル系にも繋がるトルコ系民族の方が、龍を悪者とせず、寛容に取り入れて来たようです。

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これはモンゴル系絨毯の代表的なバートルと呼ばれている絨毯。
鳳凰と龍ならぬ、鶴と鹿が『龍鳳文』と同じ配置で描かれてます。
とても可愛らしく、身近な存在が微笑ましく大変に気にっている絨毯の一枚です。
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この絨毯に描かれているペアーの鳥獣文の特に鹿が上下で異なって見えることに
お気づきでしょうか?ある方がぜんぜん違って見えると言われました。


最初はあまり気づかなかったのですが、比べて見ていると違いが段々見えて来ました。
後で思い出したのですが、チベットなどでもこの大きさの『カデン』と呼ばれる絨毯は、ラマ(高僧)と信者が相対する時に、高僧に直接信者の息がかからないように、仲介役として使われることもあるらしいです。
そうしてみると、なんだか片方は徳の高い感じがして見えてきます。
そしてその方にはそれが見えていたのかななどと想像しています。

参考文献 絨毯 シルクロードの華 杉村棟著
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by caffetribe | 2008-05-31 17:58 | 文様から観えること