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部族の絨毯と布

カテゴリ:部族の絨毯について。( 25 )

絨毯数奇が集まる会「じゅうたん会議」のなかでもマニアックな勉強会「読む会」では、英国人絨毯研究家JON・THOMPSON氏の名著「carpet magic」をメンバーが交代で翻訳しながら読み合わせをしている。
■この本では前回紹介したように、絨毯の分類を従来の、地域や歴史、あるいは文様によ分類するのではなく、絨毯の織られる生活環境で分類するというユニークなものである。なかでも19世紀に部族共同体(トライバル・コミュニティー)で織られたものの素晴らしさに着目し、それらがどのような生活環境の中で織り続けてこられたのかに多くのページを割いている。

今回はそのトライバルラグについての最終章、まさに佳境といえる部分について行われた。
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■最終章は「The decline of tribal weaving」という斜陽の部族じゅうたんというタイトルで19世紀に大衆の熱狂?と共に西欧に受け入れられた部族の絨毯やキリムが、西洋文化と接する事で(欧米・ロシアなどの列強国の経済重視主義および工業化、新しい農業経営法=共産化)などの様々ないわゆる西洋化は田舎の共同体にまで侵食し、伝統的な部族固有の文化や生活環境を蝕んでいった。
ついには部族の伝統的なコミュニティーが消えつつあるという内容である。〈最近では情報化がかなり偏狭な地域のにも入り込み、絨毯やキリムの価格が急騰したり売れるデザインを織るようになりつつあるが・・・。〉

■その具体的例として、1860年頃から始まった合成染料の急速な普及をあげている。
初期のアニリン系化学染料は、とくに退色が激しく絨毯の織り手達にとっては、「災難」であったと述べられている。

絨毯やキリムは色だ!と言われるほどその色彩と配色そして染料はとても重要な意味を持っていると思う。(天然染料と合成染料についてはいずれまとめたく思っています。)

■また単に化学染料が絨毯に使用されることでおきた、表面的な絨毯そのものの変化だけでなく、安価に入手できるようなった化学染料の派手派手な色糸が、部族の人々の伝統的色彩感覚までも変化させてしまったという事に言及している。
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トルコのユリュックの女性達がギラギラの蛍光色で平織りを織っている。

■作者のトンプソン氏は1900年以降に合成染料を使用した部族系の毛織物には色の配色や色そのものにそれまでに無かったバランスに欠けるものが表れるようになってきたとしている。
また部族の女性達は元々明るくはっきりした色を好む傾向があり、特に子供たち、教育を受けていない人達、先入観の無い人達は共通して鈍く冴えない色よりは明るく鮮やかな色を好むとしている。(この部分には多少疑問が残る。バルーチ族などは昔からシックな色使いを好んできた故・・・。)

そして何よりの部族絨毯の特徴として、織り手がどのようにして織るのか(織り手の気持ち)が絨毯にとって何よりも重要だというであり20世紀の絨毯の大きな変化がこの部分と密接に関わっているということである。
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おそらくトルクメンの幼児が見よう見真似でままごとのように絨毯を織っている場面。
◎素晴らしい写真が多いこの本のなかでも、この写真が一番好きだ。

次は文明のグローバル化や戦争がどのように部族の共同体の織り手気持ち=絨毯変化を与えていったのかに続きます。

写真はすべて「carpet magic」から
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by caffetribe | 2006-08-31 17:47 | 部族の絨毯について。
いつだったか、タイマニ族の絨毯を見ながら話し込んでいた時、ある方が『融通無碍』という絶妙な表現をして下った。其の時はなんとなくああそんな感じかなあ~。
いい言葉だなという印象だったのだが、良く調べてみれば、広辞苑では、「一定の考え方にとらわれることなく、どんな事態にもとどこおりなく対応できる事。」とあらためてじっくりとその意味を味わってみると、まさタイマニ族の絨毯にはぴったりの表現であると思う。
アフガニスタンの国や人々、もっと広げていえば遊牧民全体に当てはまる言葉かもしれないと感じてきた・・・。
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この絨毯は色彩と全体の風合いからタイマニ族のモノと思うのだが、文様的には彼らの住む地域からはもう少し北部のチュルク系部族、トルクメン絨毯の文様の真似である。
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(M氏所有)ジュワル
この家紋のようなきりっとした文様が正真正銘のトルクメン族のジュワルギュルとも呼ばれる、大型の袋モノなどに良く使われる文様である。
良く見ると似ているが、タイマニのほうは一つ一つの形や細部がいい加減で、ゆる~い感じがする。トルクメンはやっぱり凄みがと切れ味がある。
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これも色彩とボーダー(周り縁)の模様から察すれば、トルクメンにかなり近いが感じだが、紛れもなくタイマニ族のものである。上のものと同様に薄れかかった朝焼けのような紫のいろが特徴である。

中央部分に8角形のギュルモチーフが五つ並んでいる。タイマニには珍しくかなりきっちりとした文様に見える。タイマニらしくないともいえるかもしれない・・・。
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(M氏所有)絨毯
これもアフガニスタン北部、トルクメニスタンやウズベキスタンにも近い地域タガァン周辺のトルクメン系エルサリ族によって織られた絨毯(上)にそっくりである。
トルクメンが色彩・文様とも大変に頑固に伝統を守り続けるのにたいして、どうしてここまでと思うほど、いい言葉で『融通無碍』、本当はちゃらんぽらん的なのがタイマニ的である。

ちなみにこのちゃらんぽらんはペルシア語のチャラング・ポラングから来ているらしいが、本当でしょうか???。

しかし、疲れたときなど、このいい加減さが、ホット気持ちを和ませてくれるのも事実である。
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by caffetribe | 2006-07-20 21:31 | 部族の絨毯について。
タイマニ族の絨毯については、いつの日にか、時間をかけて様々な角度から見つめなおしたいと思っていますが、知りえる範囲でその魅力について紹介したいと思います。
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■これは馬やロバに乗るときにお尻の下に敷く鞍ですが、現地では、ジュル=アスブとかジニ=アスブとか呼ばれています。

■中央部分はフエルトでその周りに刺繍で文様が表現されています。中央部分の濃い焦げ茶と周りのオレンジや茶色、白など色調と組み合わせがタイマニらしい、雰囲気を出しています。

■ところがよく見ると、オレンジ色の刺繍の部分(羊の角のような文様)が2本あるのと一本のとがとても不規則な事がわかります。交互でもなく、3つ飛ばしとかでもなく、本当にいい加減に並んでいます。でも全体で見るとなんともいえない落ち着いたバランスがあるように思えるのです。一番外側にある白い糸の菱形のような形も同様に、微妙な、ばらばら加減が絶妙です。
これは、おそらく意識して刺したのではなく、なんとなく刺繍をしているうちに自然的に出来上がってしまった、というような感じがします。

■自然界にあるものは、木の木目でも、花や蝶でも、貝殻や、キリンやしま馬も模様にいたるまで、同じものは無いように思います。いわば神様が作り出した模様といえるかもしれません。
大げさな例えかもしれませんが、タイマニ族のモチーフは、文様とよぶよりは模様という自然界のモチーフに近いように感じています。
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これはキリムでも絨毯でもないスマック織りという技法で織られたタイマニ族の敷物です。
この色彩感覚と文様のバランスは、おそらく何の下絵なしに、その日の気分でアドリブで楽しみながら織られたのではないかと想像します。良く見ると下のほうのモチーフがかなり詰っているように見えます。

■これを見ていると、またはこの上に座っていると、不思議と潤いを感じます。この不ぞろいの菱形達が、さらさらと動き出すような感覚になり、青の色彩と相まって水の流れを感じてしまうのかもしれません。

■まだ詳しくはわかっていませんが、ヒンヅゥークシュ山脈の山岳地帯を、家畜と共にのんびりと遊牧する彼らの感性が生んだ、かけがえのない家族や家畜のための織物なのではないかと思うのです。
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by caffetribe | 2006-07-19 19:15 | 部族の絨毯について。
実は15年ほど前からタイマニ族(アフガニスタン北西部)の絨毯にはまっております。
ただこの部族に関しては、情報が少なく詳しい事があまりわかっておりません。もしアフガニスタンやじゅうたんなどに詳しい方がいらっしゃれば是非とも、どんな些細な事でも教えていただけるとありがたいです。
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■現在ある情報としては、『ORIENTAL RUGS』 シリーズのVolum3 AFUGANISUTAN<Richard. D. Parsons>のなかにほんの半ページほどの紹介があるくらいです。ドイツから出ている同様のアフガニスタン絨毯の専門書には、2~3ぺージの記述があるのですがドイツ語なので諦めました。

■どこがいいのかと考えてみると、ハムサのように文様が可愛いとか、トルクメンのように緻密で完成度が高いとか、バルーチのような神秘的な色彩があるとかいう特別な理由があるわけではないのですが、どこかホット気持ちが和む感じがあるのです。要するに好きなのです。
少し前に流行った韓流ドラマで、『好きという気持ちに理由なんかないんです。』とかいうせりふがありましたが、そんな感じでしょうか・・・・?

そこで数回に分けて紹介したいと思います。
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■これは部族絨毯の王者ともいえるトルクメン族のギュルモチーフをおそらく借用?取り込んだデザインとなっています。ただしトルクメンのように、くっきり、はっきりではなく、どこかゆるりとした間抜け間があるのです。このあたりがなんともタイマニらしさといえるでしょうか?
■トルクメンに限らず、バルーチ族やウズベク族など絨毯やスザニなど西・中央アジアを代表する手仕事の良いところ取りをよくしています。
この絨毯は、さわり心地絶妙で、思わず寝転がりたくなる気持ちよさです。もしかしたら山岳民族という噂もある、タイマニ族が、高地の山羊(カシミヤのような?)の毛を使用したのではないかと想像しています。
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■この絨毯もタイマニ族の典型的な色彩です。おそらく茜(ロナス)を使用していると思いますが、あまり重ね染めをしないためか、はんなりとした、夕焼けのような穏やかな色合いです。
この文様もギュルのような8角形に近い形をしていますが、どれもが微妙に歪んでいて、それがあっちを向いたりこっちを見たりという不思議な遠近感を出しています。
色むらのある柿の渋で染めたような、和風な味わいは、東北の茅葺屋根の民家の縁側にでも
敷きたいような雰囲気です。
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by caffetribe | 2006-07-18 19:15 | 部族の絨毯について。
旅と絨毯とアフガニスタンのブログでタイトルどおりの日本では貴重な情報の紹介をされているFさん。
危険が伴なう地域や困難な状況にある人々を、さらりとさわやかに伝えてくれる感性にが好ましく、楽しんでいます。
■今回のOne more prayer rug には驚きました。ほんとうにそっくりな双子のような絨毯ですね。もしかしたら、同じ地域、ひょっとして同じ女性が織ったものかも知れませんね・・・。
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■個人的には、タイマニというよりはチャハールアイマク系のフィロズコヒあたりではないかと思っています。
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■羊の角のようなモチーフや、モスクのイメージを抽象化したようなモチーフ、色彩など本当に良く似ていますね。まさに双子という感じでしょうか?微妙な違いとしてブログでも紹介されていた、年号『1338年』の部分が違うようです。こちらのは数字とも見えなくは無いのですが、モチーフの様でもあり、とても気になっていた部分です。今回のFさんのブログでなにかその謎が解けるような気がしています。いつか実物を見せてください。
■ちなみに、イランなどで使われているヒジュラ暦では1338年を33で割り=約40。それを1338からひく=1298年。さらにイスラム暦の622を足すと=1920年となるのですがそのくらい経っているのでしょうか?こちらのはかなりパイルが減っていてやはり80年くらい前のものではと想像していました。
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■これは気に入っているprayer rugの一枚ですが、おそらくタイマニ族のものと思っています。
サブのボーダーの独特な模様とメイン部分の艶やかなブルーなどは、タイマニ的といえるのでしょうか・・・。

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■是はもう手元になく、思い出のprayer rugですが、アイマク系のジャムシーディあたりではと想像しています。最も色彩などはたぶんに近隣のバローチ族の影響を受けていると思います。驚くほど艶のある羊毛が使い込まれてピカピカで、今でもその感覚は良く覚えていて未練が残っています。
Fさんもお気に入りのように祈祷用の絨毯には思いいれの強いというか、魅力的なものが多いと私も思います。

■それにしても、遠いアフガニスタンの片田舎から時空をこえて、はるか日本に飛んできた2枚の絨毯には、良い意味での因縁のような深いものを感じました。
■ちょうど『読む会』でFさんとこちらの共同訳でリードを終え、部族じゅうたんの奥儀についての認識を深めつつもあり、これが部族のもつ共時的な世界にリンクしてしまったという感じなのでしょうか・・・?。
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by caffetribe | 2006-07-17 11:11 | 部族の絨毯について。
2回ほど続けて紹介したイラク南部の刺繍布を、実際に作っている人々に興味は深まり是非とも会いたいと考えているところへ、orientlibryさまから貴重な情報がとどきました。

チグリスとユーフラテスの交わる沼地にすむMarshArabsという人々は約5000年もまえからこの地域に住んでおり、シュメルとバビロニアの流れを汲んでいる。1970年代までは約350000~500000人も住んでいたらしい。
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photo by Edward L O.

季節による川の推量の増減で土地が姿を変えるという、泥に覆われた地域で5月~6月には最高の水位、8.9月~10月には最低の水位となり、雨季の12月には突然の洪水に見舞われたり、遠い水源のアララト山などからの雪解け水によっては、大洪水になることも・・・。
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photo by Edward L O.

それは、冬の寒気を帯びた湿気と春の砂嵐、真夏の想像を絶する暑さと乾きのなかで生活する事でもある。また、湿地特有な蚊や吸血寄生虫の発生や毒蛇なども多いようだ。
どうしてこのような生活環境の中で、5000年も暮らしてこられたのか・・・。
それは同時に外部の者の進入を防いできたのかもしれないが・・・?

人間が住むのには極めて厳しくとも、湿原を好む渡り鳥やコイなどの魚などにとっては楽園のようで多くの野生動物にとってはこの地域は重要な役割を果たしてきたようだ、現にMarsh Arabsの人たちは1970年にはイラク全土の魚業の3分の2のを担っていたという報告もあった
ところがその後のサダムフセイン政権とイランvsイラク戦争~湾岸戦争によりこの地域の生態系が大きく変わるほどの被害を受けたらしい。湿地帯の面積は20分の1になってしまったという報告もあり、多くのMarshArabsの人々が難民になり居住地域を奪われたようだ。
しかし、このところすこしずつ回復しているという報告も入っている。皮肉な事にイラク戦争でサダムフセイン政権が崩壊した事が幸いしたようだ。しかし今の状況では落ち着いた現地調査もなかなか難しいようである。

こんな美しい刺繍をする人々の住む地域が、今後も残って欲しいと願うばかりである。
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by caffetribe | 2006-04-24 18:23 | 部族の絨毯について。
絨毯や西アジア繋がりのFさんが,数回に亘って紹介していたベシール絨毯は個人的にも最も思い入れのある部族じゅうたんのひとつです。

絨毯屋を始めたばかりの頃、相当に無理をして手に入れたのがこのベシ-ルと呼ばれる絨毯です。
1993年の12月16日にニューヨークのサザビーズで行われた、
「Turkmen & Antique Carpets from the Collction of Dr.&Mrs.Jon Thompson」のオークションで入手したのです。
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このオークションは欧米の絨毯業界ではかなり話題になりました。現役の絨毯学者特にトルクメン絨毯に関しての研究と収集で有名なジョン・トンプソン夫妻のコレクションが売りに出されるということになったからです。
一般的には亡くなるとか、離婚、会社の倒産などの理由でコレクションが手放されるケースはあるようですが、バリバリの現役で81点に及ぶ、かなりのレベルの収集品がオークションに出されるという事自体が、その時には話題になっていたようです。
ちなみに彼のコレクションで最高といわれている、サロール支族のエンシ(テントドア用絨毯)は販売されませんでした・・・。
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▲専門誌でオークションを知ったのですが、早速カタログを取り寄せ購入できそうな、推定価格のもの3点に絞込んで、いざオークションに望みました。欲しい物ばかりでしたが、価格が競り上がらないように祈るばかりでした。ところが期待に反して、というかやはり予想どうりに価格はどれもがうなぎのぼり、来ている絨毯商やコレクターは世界でも有名な人達ばかりです。雰囲気はアカデミー賞の受賞式のよう、タキシード姿に蝶ネクタイといういでたちで、このイベントを楽しいんでいるようでした。

▲最初にピックアップしていたものはみな2倍以上の値段に競り上がり、諦めざるを得ませんでした。オークションに不慣れな者としは、難しい技ですが、最初に出来るだけ安い価格でスタートするというのがコツのようでした。会も中盤に差し掛かり、もう半ば購入を諦めかけていましたが、好きな数字33番の絨毯がこちらに歩み寄ってきてくれました。まさに絨毯のほうからこちらにすっと、飛んでてくれた感じだったように、記憶しています。
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#33.An Ersari Turkmen Rug, Turkmenisutan 158x117cm

カタログの解説によれば:
「19世紀の作品: このラグは楽しげな色彩とこの地域では非常にまれな古いタイプの絨毯の大きさを維持している。これは遊牧民の手によるものではなく;フィールド部分のデザインは絹製のイカット(絣)に直接の起源がある。しかしながら、色彩は典型的なエルサリ氏族のものであり、おそらくはAmu Darya渓谷に定住するエルサリ氏族によって作られたものであろう。」

この絨毯は、不思議と縁が無く今でも手元にありますが、永らく家にいるせいか、愛着がでて嫁に出すはどうしようかと考えています。

▲このエルサリ支族とベシ-ルの関係ですが、このベシ-ルが部族のグループ名を指すのか、地域を指すのかなどの定義づけには、多くの研究者も苦慮しているようで、今後このブログなどでその特徴を少しずつ紹介出来ればと考えています。Fさん一緒にやりましょうよ・・・。

このジョントンプソン氏はワシントンD.C.の織物美術館で出している図録の中でBUKHARA(ブハラ)という地名でこのベシ-ル絨毯を分類しています。また長さ6メートルを越えるビッグサイズの多いベシ-ル絨毯のなかで#33は珍しいサイズのプレ工房モノということも考えられます。

次回この文様に絣文様(チャパン)との関連性を少々・・・。
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by caffetribe | 2006-03-17 15:09 | 部族の絨毯について。

a0051903_18365055.jpg 部族じゅうたんの中でもひと際の華やかさと、鳥などのモチーフの面白い絨毯がハムセではないでしょうか?個人的にもバルーチ・タイマニ・ロリ・シャーセバン族等、結局全部か?等と共に最も好きな部族の一つです。
しかしハムセというのそのほかの部族とは違う少数氏族の連合体です。
ハムセ 連合 (部族連合)ハムセは、アラビア語で、5という意味。

南部ファールス地方の部族連合。(イラン南部のシラーズから東南に広がる地域です。)
▲アラビア語のアラブ族('Arab)、
▲チュルク語系のバハールルー族(Baharlu) 
▲アイナールー族(Inalu)、
▲ぺルシャ語のバーセリー族(Baseri)
▲チュルクとペルシア語系の混合したナルファル族(Nafar)の5つの民族で構成された、部族連合。


1860年ころカジャール朝の政府に反対するカシュガイ族に対抗するために政治的に組織された連合隊で「ハムセ」には5つ一緒という意味でもあるようです。
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          ハムセ連合 絨毯 19世紀

カシュカイ族の近くに住むために、カシュガイの絨毯と混合されてしまう場合が多いが、可愛らしい鳥のモチーフを連続して配したバードラグや細かいストライプに大胆な幾何学を組み合わせた絨毯などは特徴的である。部族絨毯の研究家ジェームス・オピエ氏の「トライバル・ラグ」でも遊牧系部族絨毯の中でも最高峰の絨毯として紹介されています。
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          ハムセ連合 絨毯 20世紀初め

かつてはパラダイスと言われたエラム文化の存在したこの地域の伝統をそのまま今に残したような楽しげな小鳥の表情や色彩感覚は、絨毯の真の意味である楽園そのものの存在を彷彿させてくれます。

☆ロンドンとスイスで手広く絨毯商を営むディラーの持つテヘラン郊外の巨大なウェアハウスで、2枚見つけましたが、新しいギャッベ絨毯100枚ほどの価格でその時は諦めましたが、状態もデザインも色も素晴らしく、未だに後悔しています。その後、テヘラン~シラーズ~フィルザバードなどずいぶん探しましたがそれらを超えるものに出会っていません。

下の絨毯がその時に逃がした大きな鯛です。
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現在はどこの海を泳いでいるのでしょうか?それとももう捕まってしまったかも、恐らく・・・。
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by caffetribe | 2006-03-04 18:52 | 部族の絨毯について。
バルーチ・バローチ・バルーチュなどと地域によって呼び方は変わるものの現在でも移動という形態をとる数少ない部族がBaluchです。とらえどころの無い、神秘性がその魅力の一つでしょうか?

▲裁判官の娘の絨毯の話も、様々なバリエーションがあるようで以前にクエッタの絨毯商から聞いた話では・・・。
『監禁された裁判官の娘は、絨毯を織るのがとても上手で、籠もった部屋で淡々と絨毯を織って居りました。織り上げられた絨毯は町のバザールに売りに出されておったそうです。偶然にもバールリ族の彼氏がその絨毯を見つけます。一目見てその絨毯は、愛する彼女が織ったものだということを直感します。そしてその絨毯の中に彼女の居場所が、暗号のように織り込まれていることを解読するのです。地図のようなその文様により、監禁された娘の居場所を発見し、闇夜に助けだし、遠くの町まで逃げて、二人で仲良く暮らしたのです・・・。愛でたし愛でたし。』
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バルーチ族絨毯 19世紀 ホラサーン地方 トルバテ・ジャム周辺

この話を聞いて、うんこれは凄いと思いました。じゅうたんの文様には様々な気持ちが織り込まれていると思います。文字を知らなくともそこには気持ちを表現出来る場所なのです。彼の思いと彼女の思いが一つになった時そのじゅうたんは時空を越えた存在となりえるのです。

絨毯やキリムの文様は、伝統的な生活の中で伝えられていく物語や儀礼などに等しい【歴史=記憶】そのものです。

バルーチ族の好きな文様    
     <八角星>a0051903_165140.jpg
砂漠の大地に広がる満点の星空。現地語のセターラ・シタラは英語のスターの語源。
ユダヤ教、カバラの6角星。大陸から平安に伝わった陰陽道の呪術的意味をもつ5角星。
天に対する憬れや畏れと信仰。アナトリア(トルコ)では、豊饒や幸福を意味するようです。





現在ではバルーチ族はペルシア語系の言葉を話しているが、クルド語に最も近いようです。
バルーチという言葉はクルド語でも鶏のとさかという意味もあるようで、代表的な絨毯にも鶏冠のあるニワトリが描かれています。昔戦いの時に、この鶏冠のような兜を被っていたことがこの由来となっているようだが、確かではないのですが・・・。
ただこの鶏冠のあるニワトリの文様はバルーチのシンボルのように凛々しく描かれています。
               <鶏冠のあるニワトリ>
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バルーチ族 サドルバック 部分 パイル
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by caffetribe | 2006-03-02 16:29 | 部族の絨毯について。
バルーチ族の住む地域
現在バルーチ族はイランのホラサーン地方からイランアフガンの国境シスターン地方
そしてアフガニスタン西南部からパキスタンのバローチスタンに渡る広い地域で生活しています

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裁判官の娘と呼ばれる絨毯 (つづき)


バールリ氏族の彼はスーフィー(祈祷師)のあらゆる技を使って彼女との結婚の許しを得ようと試みます。彼に会えない娘は独り閉じ籠もって絨毯を織り続けていました。ところがなんとその間に織られた絨毯の文様は彼女の部族のものではなく、彼の部族にまつわる文様やこれまでに見たことのない、皆に愛を伝えるようなの美しい文様だったのです。それを見た裁判官の父親はついに二人の仲を認めたというのです。彼の思いが彼女に美しい愛の溢れる文様の絨毯を織らせたのです。
この話はバルーチ絨毯愛好家のジェリー・アンダーソン氏も記事に書いています。
その後の話として、その時に彼女は23枚の絨毯を織り、その娘達が母親に習ってその後に織ったものが70枚あるということです。その絨毯こそが本物の『裁判官の娘の絨毯』ガリィ・ドクトレ・カジィと呼ばれているそうです。
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この話を現地の絨毯やから以前にも聞いた事がありました。その内容は上の話とは少し違っていました。次回はそれをのせたいと思います。

先住民族や少数部族の神話や祭りに象徴として現れる生命樹。水の少ない土地では、樹木はオアシスの潤いを意味する。天と地をつなぐものとしてネイティブアメリカのトーテムポールなども同様に信仰の対象になる場合が多く、世界各地で見られる。


バルーチ族の好きな文様『生命の木』

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by caffetribe | 2006-02-23 22:06 | 部族の絨毯について。