ブログトップ

部族の絨毯と布 caffetribe

caffetribe.exblog.jp

部族の絨毯と布

<   2007年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

トルクメンジュワルには絨毯を織る女性たちにとっては、最高の見せ場となるのではないかと思える。トルクメン絨毯研究家のM氏のコレクションで絨毯研究会の会報の12号【自慢の絨毯】のなかで紹介されているTEKK支族による赤ジュワル(KIZIL CHUVAL)はまさにそれを証明するかのような気迫に溢れたものである。
この絨毯を紹介しているM氏によれば・・・
〔平織りとパイルが交互に並ぶこの特徴的な赤/白ジュワルは通常そのパイル部分(ボーダー)がつう9本程度、それに対してこのコレクションはなんと16本のボーダーがあるという。〕

また特筆すべきは、この絨毯の結目の数とそのパイル技法である。ここで詳しくは触れないがよくペルシア絨毯屋さんやトルコのヘレケ絨毯などが話題にするノット数である。

■この絨毯は手で紡がれた良質の羊毛に同じく手紡ぎの羊毛糸を使用して、それらを凌駕するほどの結び目を誇り、さらに文様の角度にエッジを利かせるためにオフセットという高度なパイル技法を駆使している。
a0051903_15171466.gif

TEKK tent-bag(chuval) Turkmenisutan 19th
(これは典型的な白ジュワルである。ちなみに9本のボーダー)
*Jon Thompson collection 1993 NY SOTHEBYS AUCTION Catalog より

■シルクや木綿の糸に比べて、切れやすく滑りにくい羊毛糸をタテ・ヨコ糸に使用して、ここまでの驚異的な手仕事を見せるのはやはりトルクメンの真骨頂で他の追従をゆるさない。
またこのCHUVALはラクダなどで移動の際のはこぶの両側に掛けられる事もあるし、テントのなかでも最も目立つフレームで出来た枠に吊り下げられる。
また、婚礼の際にはこのCHUVALや幅の狭いJALLARと呼ばれる袋モノに花嫁衣裳や結納品が詰め込まれ、人目を引く。
■そのためか、トルクメン系のどの支族もこのCHUVALには織り手の誇り溢れる、美しい伝統的文様がきっちりとまた、バランスよく織り込まれている。

a0051903_1544538.gif

TEKK tent-bag(chuval) Turkmenisutan 19th これも上と同様のカタログからの引用
CHUVALギュルとも呼ばれるテケらしいきりっとした文様が立て横整然と並べられている。
セカンダリーギュルその間にある文様もテケの典型的なものである。

a0051903_15522061.gif

ERSARI tent-bag(chuval) Turkmenisutan
*Jon Thompson collection 1993 NY SOTHEBYS AUCTION Catalog より
上の典型的なトルクメンギュルを徹底して織り込むテケと対極的なのが、エルサリ支族ではないだろうか?中世に商業都市として栄えたBUKHARAの影響をうけて洗練されたともいわれるアムダリア川周辺に定住したエルサリ支族(ベシールを含む)のこのCHUVALはすぐお隣のUZBEKISATNの絣(IKAT)と比較しても面白いといえるかもしれない。

ちなみにこのジュワル一目惚れしたのだがはオークションで競り負けた思い出の一枚である。
[PR]
by caffetribe | 2007-03-27 16:11 | 毛織物の技法
部族絨毯の東の正横綱といえば、なんといってもトルクメン族でしょう。

特に男性のマニアやコレクターが多く、あらゆる角度から見て究極の凄みがある絨毯と言えるのではないでしょうか?
先日も絨毯オタクの集まる会で、このトルクメン族の大型の袋物絨毯CHUVALについて盛り上がりを見せた。
この集まりとはイギリス人絨毯研究家で、トルクメン絨毯のオーソリティの一人であるJon・Thompson氏の世界的に売れまくった絨毯定本『Carpet Magic』を読む会である。

実に2週にわたり1枚のSalor CHUVAL(チュバル・ジュワル・ジュヴァル)についての熱い討論が行われた。
a0051903_17264139.jpg

Salor tribe 19th knotted pile bag Private collction 
*Jon Thompson 『Carpet Magic』より引用


まずはこのCHUVAL(チュバル・ジュワル・ジュヴァル)というものが何ものなのかであるが・・・。

絨毯業界のWIKIPEDIA的存在の 『The Oriental Rug Lexicon』によれば、
【大きなトルクメンもしくはトルコ系部族の保管袋。大きさは約6~3Feet(180~90cm)。
衣類などを保管するためのもので、表面はパイル(絨毯)で出来ている。この袋は長い方の面が開いている。しばしばパイル状の表皮だけが残っていることもある。】

■この180x90cmというのは最大級だが、おそよ120X70cm程度の衣装入れ、要するに遊牧系騎馬民族の【箪笥】といえるものである。(オリジナルのCHUVALがまだ入手可能であった頃船箪笥などの和箪笥とCHUVALを集めた展示を行ったことがある。)
また、この衣装入れが大変に美しく丈夫に織られることはトルクメン女性にとっては何よりも大切なことで、嫁入り前までに母や親戚などに習い丁寧に幸せな結婚を夢見て織られるものである。

■トルクメンのなかのいくつかの部族間、たとえば、TEKK・SALOR・SARYK・YOMUT・ERSARI・CHODORなどによっても特徴的文様や色彩が見られるのもこのCHUVAL(チュバル・ジュワル・ジュヴァル)の面白さかもしれない。

a0051903_17435411.jpg

1993年のICOC(世界じゅうたん会議)に出展されたYOMUT支族のCHUVAL 19世紀  *雑誌「HALI」68号より引用

a0051903_174822.jpg

部族絨毯のバイブルJames Opie の「TRIBAL RUGS」に掲載されている大変に珍しい
CHODOR支族のCHUVAL 19世紀 

a0051903_17531854.jpg

トルクメンの雄TEKK族の平織りとパイルが交互に織り込まれた赤(KIZIL)CHUVAL 
19世紀 これにたいして白地が織り込まれた白(AKU)CHUVALというものもある。


今回のチャットの最初のきっかけは一番上の幻ともいえるSalor CHUVALにたいして、トルクメノローグM氏が3分の2ほどのところで切れ目がありそれがまた縫いつけられているという部分を見つけ出したことに始まった。この写真ではわかりにくいが、(センターギュルのすぐ左側)普段に使用していて切れたのではなく、意図的に鋭利なナイフなどで切られたような痕がある。

この切れ目に対して色々な意見が交換された。

言い出しっぺのM氏はこの傷はサロール支族がテケ族との戦いに敗れ、そのときに財産価値の高いこの美しいジュワルが戦利品として押収されそれを巡って争いがおき、そのときに切られたのではないか・・・・?
または、家長が亡くなったさいの遺産相続による分け前の結果として切られたのでは・・・・?
というさすがに日本に於けるトルクメン研究の第一人者である深い知識に裏付けられた推測をされた。
その他にもユニークな意見が続出し、このメンバーの想像力の逞しさには脱帽した。

個人的には、この必ずペアー(Jofte=2枚一組)で織られる袋物の一枚がダメージで破損してしまい、2枚の良いところ取りで1枚に丁寧にくっつけて(完璧なもる状態で)高く売ろうとした現地の絨毯商のした仕業では・・・?などと下世話なことを考えていた・・・。

*このように、意図的に切られた絨毯をつなぎ合わせるという事の意味についてどなたかご存知の方がいらしたら教えて欲しいです。
[PR]
by caffetribe | 2007-03-26 17:58 | 遊牧民の道具から
本の紹介をします。
~イスラムのヴェールのもとに~ 世界の服飾・染織シリーズ ●アジア編
文化学園服飾博物館編   文化出版

a0051903_17591486.jpg


日本をはじめとして,世界各地からの膨大な『服飾・染織品のコレクション』を所蔵する文化学園服飾博物館の30年に及ぶ地道な収集品を系統立てて編集した総合図録で、意義深い内容である。
実際の企画展示では限られたものしか出展できない事が美術館や博物館の悩みのひとつだそうであるが、今回はイスラム圏からの貴重な収集品が数多く紹介されてい嬉しい。

さすがに服飾博物館らしく、カラフルに色分けされた解説や自由なレイアウトなどは単なる図録とは違って、何度でも開きたくなるセンス溢れる本に仕上がっているとおもう。

収集から解説までこの本の中心的存在である道明先生にお会いした際に,「このところ度重なる紛争や自爆テロなど暗い話題の多いイスラム圏の人々にも華やなか色彩や造形の民族衣装や染織文化が面々と続いてきた歴史があることを知って欲しい」というメッセージをいただいた。あまり知られていない、パレスチナの人達の素晴らしい色彩感覚や愛情溢れる手仕事の民族衣装など心をこもった貴重なコレクションには目を見張る。

中にある民族や風景写真も綺麗であるが、『旅と絨毯とアフガニスタン』のブログのFさんがいくつかの写真提供をしている。
[PR]
by caffetribe | 2007-03-17 18:01 | おすすめの本
友人の陶芸家の作品展を見にいく機会があった。
a0051903_13194834.jpg


陶芸家は泉田之也さんという。
彼の会うのは、数年前に彼の家と工房のある岩手県ののだ村日形井をを訪れてから数年ぶりだった。
久しぶりだったがなんだか若返ったような彼の様子をみてこちらも元気をもらうことが出来た。

のだ村日形井を最初に訪れたのは、15年も前だったか・・・。
ふとしたきっかけで迷い込むように訪れたのだが、時間軸が2000年ほどすっ飛んでしまったかのような強烈なインパクトだった。
帰り道には友人のジープが壊れ、途方にくれてリアス式鉄道の駅まで延々と歩いた。
そのときに見た光景はまさに縄文時代で、その原風景は今でもはっきりと思い出すことが出来る。
その後も中毒のように何度か訪れたのだが、泉田さんに会っていまだに変わっていないマージナルな日形井をうかがい知ることが出来た。
泉田さんはそこに工房を構え世界がうなる作品を発信しつづけている。

そこには南部曲屋と呼ばれる伝統的な茅葺屋根の民家が現役(オリジナル)のまま残っているて、アジア民族造形館という村営の博物館(その茅葺の曲屋が展示場)と宿泊施設(座敷童子の居る)がある。

泉田さんは朝日の陶芸グランプリを2回も続けて受賞していて、若手の陶芸家の仲では最も将来が期待されている。友人のイラン人陶芸家も彼のファンで、今回は同行し一緒に色々な話が出来た。
開口一番、『イランやアフガニスタンの砂漠地帯の上空から見た写真が大好きなんです。』
と泉田さんは言った。それはちょうどイラン人のサブーリさんが大学時代に住んでいたシスターン地方の景色と重なる。

a0051903_13461930.jpg


話は盛り上がり、いつかイランで泉田さんの個展を開こうという話になった。

そして、なぜかこれは近いうちに現実になりそうな予感がした。
[PR]
by caffetribe | 2007-03-11 13:47 | 展示会あれこれ