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部族の絨毯と布 caffetribe

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部族の絨毯と布

展示会のお知らせです。

開催期間:2009年11月20日(金)~11月25日(水) 10時~19時
会場:純木家具 盛岡ショールーム 盛岡市材木町8-26
お問合せ:電話019-624-4323
アフガンを主とするシルクロードの遊牧民の手で織られる小ぶりの絨毯・タペストリー・キリムを展示・販売いたします。岩手県の工房で職人がひとつひとつ手づくりで仕上げる純木家具さんのすばらしい家具と、キリムや絨毯をコーディネートした展示会は、毎年恒例のイベントとして早20年になります。

いつ行っても変わらない町盛岡、そしてそこで暮らす人々もいつも同じ空気で迎えてくれます。
今年も変わらない良さを味わいに出かけます。
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岩手県の岩泉周辺で300年生きてきた木を、そのまま生かした家具にも出会えます。

どうぞお出かけ下さい。
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# by caffetribe | 2009-11-15 18:15 | 展示会あれこれ
鳥文様を好む部族として、バルーチ族の絨毯が上げられる。そもそもバルーチと言う意味がクルド語の鶏の鶏冠(トサカ)に由来しているらしい。これはバルーチ研究家で、バルーチ&ブーラフィー語に詳しいM先生から聞いた情報なので、信頼できる。
何故鶏のトサカが語源かというと、戦いの時に被る兜の形がトサカのようだという説があるらしいが、個人的にはバルーチ族の男達が頭に巻くターバンの巻き方がお洒落で、まさに雄のシンボルのような立派な鶏冠に見えるのでは?等と思っている。
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《資料提供 W大学 M先生古い絵葉書より。ブーラフィー族長》
この鶏冠のある鶏のモチーフは絨毯やサドルバックの表皮にも時々表現されるが、オリジナルの古いものは
欧米のコレクターの所有するものとなっていて、現地でも中々入手が難しくなっている。
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J.W.Bauchar Collction Baluch Woven Treasures
ブログでも再三取り上げている本だが、実に素晴らしいコレクションばかりを集めたカタログで、残念だがおそらく二度とこのようなまとまったコレクションは難しいだろうと思われる。いつか日本でもこのコレクションを見ることが出来る日が来ることを願っている・・・・・。
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《上のいくつかの鳥文様はいずれもバルーチ族の絨毯やサドルバック》

また鳥のデザインを巧みにアレンジしてキリムやスマック技法で表現しているのがシャーセバン族である。
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《シャーセバン ヴェルネ ジジム J.Opie TIBAL RUGS より引用》「
バルーチ族の鳥文様が鶏冠のあるに鶏が多いのにたいして、シャーサバン族にの表現する鳥は尾に特徴のある孔雀系の鳥が多いようだ。孔雀はもちろん姿が美しいが、蛇なども攻撃する強気な面も持っていて強さと美しさを併せ持つ事が大好きな遊牧系民族には特に愛されているようだ。またインドなどでも婚礼用の布などに孔雀文様の刺繍などが施されることから御めでたいシンボルでもあるようだ。
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《シャーセバン サドルバックの表皮  J.Opie TIBAL RUGS より引用》
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《シャーセバン ヴェルネ  ジジム J.Opie TIBAL RUGS より引用》
上の通称ヴェルネァと呼ばれる毛織物は、シャーセバンの卓越した文様表現と色彩センスが見事に組み合わされた名作としてあまりにも有名だが、このごろは市場で見かけることはほとんど無いコレクターピースとなっている。
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《シャーセバン バック表皮 パイル 》

このパイルのバック表皮に表現されているのも、鳥のように見える。パイル技法の少ないシャーセバン族のバック類だが、ユニークなモチーフの鳥が可愛らしい。

このように多くの部族に愛される鳥の文様は、無意識の世界を行き来して、直感的なひらめきや予知能力をもたらし、祖霊と繋がる霊的能力や、自由への憧れとして表現されてきたのだろうか・・・。
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# by caffetribe | 2009-10-27 23:17 | 文様から観えること
古代から、アーリア人の信仰のひとつに動物の頭や双頭動物または、異形の動物のモチーフなどには、神秘的な力が宿るとされていたようだ。前回紹介した動物や鳥の頭の形の杯や壺など多くの、出土品は何を意味するのか、独断と偏見に満ちた想像ではあるが、人間の生活史(民俗)と重ね合わせて考察してみたい。
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何度も紹介しているルル/バフティヤリー族のサドルバックの表皮に表現されたモチーフだが、J.Opie氏が
注目したのは馬?ライオン?のような動物の背に乗っている双頭の頭を持つ造形である。この双頭の動物モチーフはルリスターンの青銅器からもいくつか出土しており、神秘的な力を持つ造形として興味深い。
また、注目したいのは、メインに表現された動物の尻尾の部分である。この尻尾がいくつかに分かれているのである。
日本でも、3本足の八咫烏(ヤタガラス)や九尾の狐などは妖力があるとされてきた。また、年を重ねた猫で、尻尾が二つに分かれるのを「猫又」として妖怪などに分類している向きもある。鳥(動物)頭モチーフには、動物の持つ神秘的な力を取り込むためにあったのではと思えてくる。サッカーの日本代表のユニフォームにも、八咫烏のマークが着けられていることは良く知られている。
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この八咫烏は神武天皇を導いた霊鳥として信仰を集めているが、世界各地にも三本足のカラスの神話が見られるようだ。同様に北米先住民にもワタリガラスなどカラスを霊力の高い動物として神話に登場させている。
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(*上の二枚の写真はウィキペディアからの引用。)

世界に共通する異形のカラスや動物が何を意味するのかであるが、ワタリガラスなどを含めて予知や地震などの天変地異を知らせる、予知能力を持つことで知られている。

動物や鳥の頭などのモチーフは、未来を「予知」する能力の表現なのではないかと思う。

カラスが何故に神話や特別な存在として語られてきたのか、おそらく人や動物の「死」を予知もしくは真っ先に知る存在ではなかったのだろうか?カラスの鳴き声や騒ぐ声に不吉な感じがするのは、私だけだろうか?
先住民達は、カラスの鳴き声や様子を観察することで、大型動物や身近な人の死を知ることが出来たのかもしれない。鳥や動物の持つ予知能力に特別ななにかを感じていた事は想像できる。
Iranの絨毯研究者Suyus Pharham氏が講演のなかで、『イラン南部の遊牧民達は鳥の飛び方や、鳴き声で雨が降ることを察知することがかつて出来たらしく、鳥の訪れは「雨の恵み」を意味する。』と聞いた記憶がある。日本でも朝ツバメが低く飛ぶと、午後から雨が降るという迷信のような話があるが、不思議と本当になることが多いように思う。今のような気象情報を簡単に知ることが難しかった時代や地域では、動物や植物の様子から天気予報を行ってきたことも想像できる。
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(上から、ハムサ連合・カシュガイ族・バルーチ族の絨毯の部分)

部族絨毯のモチーフには、鳥(動物)の頭モチーフにデザイン化されたモチーフだけでなく、鳥そのものを表現したようなモチーフも多く見られる。
同時にそれが、洗練された文様に変化されてきたことだろう。
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(上から、バフティヤリー族、アフシャール族、クルド族の平織りの毛織物)

鳥や動物文様は同時にとても可愛らしく、心を和ませるモチーフでもあるようだ。
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# by caffetribe | 2009-10-21 17:49 | 文様から観えること
10月10日土曜日に、横浜市の日の出町にあるアジアンギャラリーグリーンクラフトさんにて「文様について」のレクチャーを行いました。会場はほど良い広さに丁度いい人数が集まりました。
遠くから、お越し頂いた方々にお礼申し上げます。
準備不足で少しわかりにくい部分もあったと思いますが、熱心な方も多くとても良い雰囲気でした。

はじめは文様の発祥と発達と言うことで、以前このブログでも紹介したネアンデルタール人と現代人の脳の発達の違いを認知考古学的なアプローチで洞窟に残された壁画の紹介などから始めました。
●流動的知性の発達(ラスコー洞窟の芸術的絵画)
  知性の発達の段階 ①社会的知能 ②博物的知能 ③技術的知能とその流動性についてです。
今回のメインテーマは 2.象徴としての文様
 人は何のために文様を象徴化してきたのか?(生きるための知恵の象徴=イメージが文様化された)
私達現人類が困難な氷河期や旱魃を何ゆえに生き延びることが出来たのか?文様に籠められた意味を知ることで、私達が飛躍的に発達した知能の働きを象徴を表すことに求めてみたかったのです。

同時に私達の信仰の対象や宗教の変化に伴い表現される文様はどのように変化してきたのかを知ることも大事だと考えました。
◎信仰の対象としての文様
    時代とともに変化する象徴の対象
    1.動物や自然界に対する畏れや感謝を表す(アニミズム時代)
    2.先祖信仰や呪術師など人やスピリットを象徴とする時代(シャーマニズム的)
    3.一神教や仏教などのいわゆる宗教が生まれ信仰となる時代
絨毯やキリムの文様は、これらの信仰の対象として多様な時代や地域広がりにリンクしたモチーフが見られます。
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例としておよそ2400年前のサカ族(スキタイ)の陵墓から出土した様々な埋葬品、特に絨毯(パジリク絨毯)やフェルトなどに注目し、一神教がユーラシア大陸に広がる以前の時代の貴重な文様世界を紹介しました。
この時代にはすでに完成度の高い職能集団が存在したことを想像させる、技術と芸術性を兼ね備えた美しくまたダイナミックな象徴的モチーフが見られます。絨毯も同様です。
この時代は、動物や鳥などのモチーフも多く使われアニムズムとシャーマニズムが交差する時代であったかもしれません。特に鳥が登場するモチーフは多く見られそれらがなにかを暗示しているかのようにも受け取れます。
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絨毯や布布などのテキスタイルはたんぱく質素材なため、長い時間が経つと風化してしまいますが、土器や青銅器などこの時代の信仰や象徴的造形を表す出土品には鳥を模ったものが多く見られます。
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こららの土器はイランを中心に出土したものですが、鳥や動物の頭がなにかの信仰として力を持っていたかのようです。

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信仰としての文様  ◎イラン高原に栄えた先住民文化(ルリスターン文明からの考察)
動物の頭のモチーフ・・・動物の頭が意味するもの(animal head colum)
以前に度々紹介したJ.Opie氏のトライバルラグに紹介されたキリムや絨毯のモチーフはまさに信仰の対象としての文様のようです。
アナトリア半島のユリュックからトルコ語系~ペルシア語系~アラブ語系に至る多くの遊牧民や騎馬民族のモチーフに共通する「動物の頭のモチーフ」其れが何を意味するのかに迫ってゆきたいと思います。

参考文献:「シルクロードの土と形山内和也著 シルクロード研究書展示会図録より。
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# by caffetribe | 2009-10-15 22:56 | 文様から観えること
強い勢力の台風の通過で、まさに台風一過の秋晴れのお天気です。
今日から12日まで「手仕事フェスタ”SUI2」で様々なイベントが開催されます。

今日9日(金)は矢野ゆう子先生によるキリム教室です。
ワークショップ キリムの織り方教室(初心者でも大丈夫です。)
10/9(金)10/16(金)の2 回1 セットの講習 5000 円
10/9(金)11:00~14:00 ≪織り機作りとタテ糸を張る≫
*部族のアンティークキリムを参考にしながら行います。
10/16(金)11:00~14:00 ≪綴れ織り(キリム)の製作≫
*希望によってはキリム(綴れ)以外の技法にもチャレンジします。
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今回はたくさんのアンティークキリムに囲まれての作業なので、どんな作品が仕上がるか楽しみです。
教室の様子や出来上がったキリムは後で御紹介いたします。

会場:エスニカ 〒227-0061 横浜市青葉区桜台25-5 桜台ビレッジ1 階 http://www.ethnica.jp/
電話 045-983-1132

明日10日(土)は横浜市日の出町にあるアジアンギャラリー”グリーンクラフト”さんでレクチャーを行います。
内容は「祈りの文様展」 ~文様に籠められた願い~

アジアの人々は手仕事の中に様々な願いを籠めてきました。厳しい自然環境や長く続く騒乱のなか、家族の安全や健康、神様や仏様への忠誠などを願いその思いを形にしてきました。手仕事の持つ最も美しく心地よさとは、それを作る人々の心の中にあるのではないでしょうか?アジアの生命力にあふれる祈りの造形美を紹介します。
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これまでにも御紹介してきた文様の発祥と発達、われわれ現人類だけが氷河期や大旱魃などの過酷自然環境のなかで生き延びることが出来たのか?
その秘密を流動的知性の発達にリンクしながら、人が何ゆえに文様を表現(イメージ化)して来たのかの意味を探りたいと思います。

会場:グリーンクラフト 〒231-0066 神奈川県横浜市中区日ノ出町2-45 先日ノ出スタジオ内
http://www.greencraft.co.jp/ 電話080-6564-3266

明後日11日(日)は横浜市中川の住宅展示場ハウスクエア2階でのスライドレクチャーです。

「アジアの暮らしを知る」 =アジアン・スタイリング=
アジアの人々は古くから風土=自然環境と争わず、知恵を絞って適応してきました。
砂漠などの乾燥地帯で生まれた毛織物(絨毯やキリム)。高温多湿なモンスーン気候に適した、薄手の織物
(テキスタイル)。大陸の洗練された東西文明を取り入れた家具や生活道具。
アジアの魅力にあふれたアジアなインテリアを現代的感性でセレクトしモダンテイストな住環境を提案します。

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photo by Y.Fukuyama バーミヤンの少女

今回のテーマアジアをもっと深く知ろうで特に注目が西・中央アジアの遊牧系部族です。
なぜなら彼らは最も古くから文明間を行き来し、現在までほぼ同じような生活文化を守り続けているからです。おそらく500年後も変わらずに居てくれる人々かもしれません。彼らの暮らし方を知ることは持続可能な生活を続けてゆくことに繋がるかもしれません。今回は遊牧民の暮らし方、どのような生活道具を持っているのかなど、映像を中心に御紹介いたします。

会場:ハウスクエア横浜 住まいの情報館2 階 フォルツァ株式会社 ≪自分スタイルの家づくりステーション≫
〒224-0001 横浜市都筑区中川一丁目4 番1 号TEL045-910-6730 ハウスクエア横浜(代)
TEL: 045-912-4110

12日(月)祝日は青葉台のエスニカさんで苔球のワークショップとシタールのミニコンサートです。

▼ワークショップ 苔球アート教室
10/12(月)祝日 13:00~15:00
苔玉作家 久世のぶ子さんによる苔玉アートの体験講習会
モンスーンアジアならではの生態系に保たれる粘菌類。
お部屋に飾る癒しのアイテム、苔玉を自身で作る講習会です。
要予約定員 6 名 参加費 (材料費込み 3000 円)お蔭様で定員に達しました。
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日本の特有の土壌ではぐくまれた苔などの粘菌類の世界。どんな作品が出来るか楽しみです。

▼シタール演奏会
10/12(月)祝日16:00~ シタール演奏/沼沢ゆかりさん
悠久の響きを持つシタールのミニコンサートを行います。
【チャイ付き ¥500】
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昨年の手仕事プロジェクトからのお付き合いの沼沢さんのソロ演奏です。ゆったりとした人柄の沼沢さんのシタールは心の奥底に響きます。

会場:エスニカ 〒227-0061 横浜市青葉区桜台25-5 桜台ビレッジ1 階 http://www.ethnica.jp/
電話 045-983-1132

行楽日和の週末にアジアの空気にを御紹介します。

詳しくはこちらから http://sui-teshigoto.blogspot.com/
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# by caffetribe | 2009-10-09 09:24 | 展示会あれこれ
いよいよアジアにまつわる赤い色の展示がはじまりました。
今回の展示は”手仕事フェスタ2.”のアジアをもっと深く知るイベントの中のひとつです。
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赤い色については、これまでに少しずつ紹介してきましたが、文化服装博物館の「赤い服」の展示会にも「色の持つ意味に着目したことが面白い」という感想が多く寄せられたようです。アジアの先住民や部族にとって赤はやはり特別な意味があったという思いが膨らみます。
今回の展示でも、アジア各地の手仕事があつまりました
トルクメンの絨毯・装身具・トルコ・イラン・アフガニスタンのキリムや絨毯、チベッタンラグ、インド更紗、カンボジアシルク、インドネシアのテキスタイル、中国家具などアジアの赤を飾りつけ、エスニカさんのお店が赤に染まってゆきました。
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そんな時思い出したことがありました。
20年も前の「日本の美・いにしえの色」というテレビ番組(NHK)で紹介された石川県の輪島に近い鳳至郡柳田村にある「赤い部屋」の話です。詳しいことは忘れてしまったのですが、輪島塗で有名な地域ですが、ある人が自宅の土蔵の一室に床・壁・天井すべて赤い漆塗りの部屋を作ったというのです。
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「赤い部屋」の主人は、畑仕事の合間に何年もかけて自分のために作ったそうで「ほとんど誰もいれずに、ただ自分が時々部屋に籠もって気を鎮めていた」と説明していました。どうして雪深い寒村にこんな豪華な部屋を自分のために作ったのかとても疑問に思っていました。
子供の頃なにかで、真っ赤な部屋に閉じ込められると「気がおかしくなる」と聞いたことがあって「気が鎮まる」
とは対極にあると思ったからです。
その後、先に紹介したトルクメン族など,テントの中を赤で覆う人たちの存在を知り,ますます疑問が深まりました。
現地のトルクメン族に聞くと、なんと赤に囲まれるとリラックスできると言うのです。
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インドの神話「リグ・ヴェーダ」に度々登場する森のカミ「ルドラ」は赤い髪と充血した目で”野人”のように裸で森を咆哮しながら走り回ります。「ルドラ」とは「赤」・「血色の良い」・「泣かすもの」等の意味があり「ソーマ」という酒に酩酊し、あるときは森に住む賢者や行者に恩寵を施し、あるときは荒ぶるカミとして畏れられています。これは奥三河の「花祭」などに登場し悪霊を追い払う鬼達の赤い仮面と赤い装束にも共通します。
また、私達の良く知るサンタクロースも3世紀末の小アジア「現在のトルコ」がルーツで赤い帽子に赤い外套を着てクリスマス・イブの晩に家々を訪れます。
このほかにも赤い衣装には特別な意味があったようで、旧約聖書のモーゼからシベリアのシャーマンにいたるまで「赤い服・赤い織物」には呪術的世界に満ち溢れています。
それらは同時にユーラシアアジアをひとつに結ぶ「赤い道」としての意味を持っていたかもしれません。
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多くの方々の協力で実現したアジアの赤い世界、そこに居ると、気が静まるのか、あるいは高揚するのか、是非体験してみて下さい。

期間は11月1日までです会場は青葉台エスニカ
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# by caffetribe | 2009-10-04 11:58 | Life is color
どうしてここまで赤い色にこだわるのか、人はなぜ色にこだわるのか、その答えは見つからないだろうが人は様々な色を出すためにとてつもない努力を重ねてきたことは間違いないようだ。
そして、鮮やかな色を出すこといつの時代でも最先端の技術であり、古代にとっては魔術師のような力を持つ存在でもあったかもしれない。
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この写真は以前にも紹介したかもしれないが、バルーチ族の修復師がバルーチ特有の濃く、暗めの赤を出すために、茜の染液にわざと胡桃などの渋皮を入れることで出てくるタンニンの作用で濃い赤を染めている。
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           ≪三枚ともバルーチ族のサドルバックの表皮 パイル≫

これに対して、トルクメン族は鮮やかな赤を好むようだ。トルクメン絨毯や衣装、装身具などどれも赤い世界であることは紹介したが、特に絨毯に使われる染料は時代と共に変化して来ているようだ。
合成染料が出現するのが1856年イギリスの王立研究所でマラリアの特効薬である「キニーネ」を合成している最中に偶然出現したの赤褐色の沈殿物をアニリンに変え出来たものを染めてみたところきれいな濃い紫色が出来たのがその最初と言われている。この発見者はまだ18歳の若者でウィリアム・H・パーキンがこの色にフランス語で「葵」を意味する「モーブ」という名前をつけたのは有名な話であるが、これ以降あっという間に合成染料の波が広がり、かの有名なドイツのバイエル社をはじめ合成染料は破竹の勢いで広がっていった。
ただ出来た当初のアニリン系染料は色落ちが激しく、赤は薄いピンクに青紫はグレーに変色したという事実もあるようだ。
こうして、植物や鉱物から抽出した天然染料の時代は終わりを告げるが、それ以前の人々の色に対する思いは知るほどに興味深い。
日本では「赤」の天然染料と言えば紅花を第一に上がる人が多いが、エジプト原産の紅花は染色技術が難しいことや堅牢度が低いことなどから、日本以外ではあまり使われなかったようだ。
それよりもなんと言っても「茜」が西・中央アジアでは一般的である。この茜にはかなりの種類があるようで以前紹介したドイツ人研究者H・BOMMER氏はこのあたりの専門家である。
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天然染料を知るにはこの本が様々な意味で最良と思われるが、日本にも「草木染」めという言葉を創造した山崎家の存在は素晴らしく、現在も高崎の工房で草木染の可能性を追求されているようだ。
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                ≪H・BOMMER氏の本にある茜の草≫
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             ≪山崎家で見た茜(根)の乾燥したもの≫

天然染料が使われたキリムや絨毯では圧倒的に茜系が多いと思われるが、稀にラック(臙脂虫)やケルメスダネと呼ばれる虫の巣から抽出した赤もあり、これらは茜に比べて色彩的に紫~ピンク系の色だと言われている。中南米に多いサボテンにつくコチニールの同様に強烈な赤を抽出できる。
インドシナ半島でも赤い色が好まれ、特にカンボジアの絹絣(クメールシルク)のほとんどは色気のある艶やか赤い色で染められている。この地域ではラック(臙脂虫)やインドでよく使われる蘇芳が用いられるようだ。
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                ≪クメールシルク サンポッットホール 腰巻布 絹絣≫

昨年の手仕事プロジェクトでこの絹絣を何枚も掛けてみると、その空間だけがなんとも妖艶な雰囲気が出て
あらためて色の持つ不思議さに驚いたことがあった。
「色」とはそもそも色気などがしめすように、本能的な部分を揺り動かす働きがあるように思えてくる・・・。

10月1日から手仕事フェスタ2.がスタートします。最初の展示会青葉台「エスニカ」さんではこの「赤」をテーマにアジア各地から様々な手仕事を紹介します。

トルクメンの絨毯、衣装、装身具・トルコのキリム・ウズベクのスザニ・インドの更紗・カンボジアのシルク・チベタンラグ・インドシナ少数民族のテキスタイル、中国家具など等、どどんな赤に出会えるか、また「赤」を集めることでどんな世界が出現するのか楽しみです。
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# by caffetribe | 2009-09-30 00:22 | Life is color
文化服装服飾博物館の「赤い服」の展示も残すところ3日程になりましたが、時間が許せばもう一度足を運びたいほど、充実した濃い内容の展示です。ギャラリートークでも、学芸員の方が世界には本当にたくさんの赤い服があり、そのどれもがとても大切なものとして着続けられている。というお話がありましたがまさに「命の色」として愛用されてきたことが伝わってきました。
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                 ≪ イラン 南部 カシュガイ族の少女≫

また、面白かったのこれまでもかと言うほどの赤い世界の片隅に緑のプランターが置いてあり、不思議に思っていると赤いものを見続けると網膜にハレーションを引き起こし緑色の残像が残るいう解説と共に、ドクターが「手術の際などに着る手術着が緑色なのは、手術時に赤ばかりを見続けると残像で色が見難くなる現象が起こらないように、時々反対色の緑を見て、目を休めるということでした。同様に食肉を扱う人たちの作業着も青い色が多いのはそんな訳があるそうです。赤を見続けるということは、脳の中では緑色が反応しているという不思議な事実でした。
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                   ≪藍の生葉 高崎 草木染工房≫
赤には色々な効能もありそうです。よく赤い下着を着けると冷えないとか、血行がよくなるとか、はたまた自然治癒力が高まるとかある意味迷信のような話がありますが、非科学的でない話にも実は効果があるのではと思えてきます。博物館の展示でも特に赤いスカートや腰巻類が多く展示されていたように思います。
合成染料が出現するまで、自然界にあるマテリアルだけでどのように赤い色を抽出してきたのかは興味のあるところです。同時に深い赤い色を出は、いつの時代でも価値のあることであったように思えます。
最初に赤いものを集めて展示したときに、大変に面白い事実をしりました。
「染めは薬に始まる」という持論を展開された村上道太郎さんという染織家の本の中のお話です。
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                  ≪茜染めの糸≫
シベリアのアンガラ川支流のマリタ遺跡という2万5千年前の石器時代の遺跡から、赤い枕をした子供(3~4歳程度)の遺骨が出土し考古学者の中で話題になったことがあると言うものです。
当時は繊維などを織る技術は無かったかもしれませんが、赤鉄鉱という鉱物を意識的に子供の頭の下に置いていたのではないかいう説です。考古学者達は「この埋葬儀礼には、当時すでに死後も生前と同じ生活があるとの観念があったのではないか。」というものす。同時に亡くした子供が再び生命を得られるような命=血としての象徴が「赤い枕」ではなかったと言うのです。日本でも縄文時代の遺跡から、住居の直ぐ入り口に幼子の遺骨が埋葬されていることがあるそうです。古代では死は再生への入り口でもあったであろうし、子供を小さくして亡くした親の気持ちも痛いほど伝わってきます。新生児は青ではなく赤ちゃんです。

赤は生命の色といえるのではないでしょうか?
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                ≪トルクメン ベシール ラグ クラウドバンド(雲龍)デザイン≫
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# by caffetribe | 2009-09-27 00:04 | Life is color
そもそも「赤い絨毯」と出あったのは20年前の旅でした。
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             ≪1988年 イスファハン イマーム広場 バザール入り口≫
1988年の3月イランVSイラク戦争の最中イスファハンに滞在していました。
戦火は激しくなり、テヘランにはイラク軍のほこるスカッドミサイルが被弾してシーアモスクの多いイスファハンに疎開していたときの事でした。
世界の半分と詩われた古都イスファハンを訪れる人も無く、ひっそりと人影もまばらでした。
することも無く川に向かうすずかけの並木道を歩いて来たときのことです。前から歩いてきた若者が「サラマレコム」と言って手に持っていた人参を差し出してくれたのです。
そのとき私は躊躇せずにその人参を受け取り口に運びました。戦火に中で精神的にまいっていた私にとって、その人参はとても甘く、乾いた喉と気持ちが潤うのを感じました。
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                      ≪テケ ギュル Tekk Turukemen≫

イスファハンの絨毯商はイランでも有名な商売上手と評判でしたので、注意していたのですがその若者には
なぜか心が癒されるのを感じたのです。そのわけは彼の顔が私と同じ日本人のようであったからかもしれません。「こんなところでこんな時に何をしているんだい?」と度々聞かれることもあったのですが、彼は何も言わずに、もう一本人参を差し出しました。「ホシュマゼル」と答えると「何処から来たの?」と英語で話しかけてきました。最初は日本人と思った彼は、後で知ったのですがトルクメン人の青年でした。
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                     ≪ヨムート ギュル Yomut Turkmen≫

時間はたっぷりあったので、二人で川のたもとにあるチャイハネへ行くことになりました。私達はザーヤンデ川の水の流れを見ながら、互いに片言の英語とペルシア語で話をしました。チャイを何杯も飲み、水タバコをふかしてすっかり仲良くなりました。彼はモタギーと名乗り、イラン東北地方にあるゴンバディカブースと言うトルクメン族が多く住む町から、イスファハンにある美術学校にペルシア書道を習うために滞在していたのです。
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                  ≪ヨムート ケプサギュル Yomut Kepuse Turkmen≫

翌日は彼の案内で「アリ・カプ」王の宮殿の直ぐ裏手にあった、美術学校を案内してもらいました。数百年前に建てられたモスクや宮殿に囲まれた小さな美術学校には、イラン各地から集まった美大生達が居て当時のイランには珍しかった外国人に対して興味深でした。中にはラジオの海賊放送を聞いて憶えたという、流暢な英語を話すシュールレアリストなども居て、多くの質問を受けました。海外の情報に餓えていた先進的な若者達と当時のイラクとの戦争や国際政治のあり方、そして将来のイランと日本の関係について話は尽きませんでした。
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                    ≪チョドール エルトマンギュル Chodor Turkmen≫
それから数日間毎日のようにその美術学校に通い、何人かの知り合いが出来ました。トルクメン族のモタギー氏と一番の仲良しは、アルメニア国境にも近いジョルファという町から映画関係を学びに来ていたアルメニア系の男で、映画監督で有名なマフマルバフに似た彼には様々なイラン文化を教えてもらいました。
サントゥールというピアノ線を撥で直接叩く楽器の演奏や、暗い映像と重々しい音楽が印象的な映画館などにも連れて行ってくれました。パワフルな彼らの中でモタギー氏はいつも穏やかで、彼の顔を見るとホットしました。
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                    ≪エルサリ ベシール Ersari Turkmen≫
そのときに経験したことはおそらく今の自分にとって大きな糧となっているでしょう。そしてモタギー氏との出会いでトルクメンとはどんな人達で、何処に住んでいるのかとても知りたくなりました。彼の故郷であるゴンバデ・カブースにも行ってみたいと強く思うようになってのです。しかし、戦争状況が悪化して外国人はすべて国外退去となり、その時はその思いは叶いませんでした。                             (つづく)
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# by caffetribe | 2009-09-22 00:09 | 出会いの旅
 世界の先住民族、特にユーラシア大陸の少数部族にとって「白・黒・赤」の三つの色は象徴的な色として儀式や祭りには欠かせない色でした。特に赤には魔を払う魔除け的な意味があると信じられてきたようです。

中央ユーラシアを東西に駆け抜けたチュルク系騎馬民族の達にとって「赤い色」には特別な意味があるようです。中でもトルクメン族は絨毯・衣装・刺繍布・フェルト・金属工芸(アクセサリー)などにこれでもかというほど
赤の色を使用してきました。赤い色の持つ呪力を信じてきたといえるかもしれません。

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             ≪トルクメン ヨムート族 絨毯の部分 ギュル文様 ≫

このブログでも何度も取り上げていますが、トルクメン族は中央アジアの草原地帯をアハル=テケという優秀な馬に乗って移動生活を続けて来た勇敢な部族です。ある時代には東アジアの漢民族の土地に度々侵入し
あの偉大な万里の長城を築かせるに至り、ある時は小アジアのアナトリア半島に攻め入り、セルジュク朝トルコを興したことでも知られています。何万キロにも及ぶユーラシアを移動しても彼らが勇猛果敢でいられるには、発達した「オイ」と呼ばれるドーム型テントの存在があったからではないでしょうか?
砂漠の猛暑や山越えの厳しい寒さなどの激しい気候条件や、周辺地域の多民族とのやり取りなど、数多くの困難を乗り切りながら旅を続けるには、暖かく、居心地の良いテントという移動型住居の存在が欠かせなかったと想像できます。
そのテント内を飾るのが彼らが好む赤い絨毯です。
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              ≪トルクメン テント内の再現? JAPANTEX2007より≫

トルクメン族のテント「オイ」モンゴルではゲルの中はおそらく赤い絨毯で埋め尽くされている事でしょう。それほど彼らの織る絨毯には赤い色が使われています。
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            トルクメン絨毯  アフガニスタン北部  羊毛≫

さらに、彼らが生活で使う様々袋物(ジュワル)は衣類や、食料、道具などの収納袋として周りに飾られます。
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                 トルクメン族 teke フェルト製の袋物 刺繍とアップリケ≫

また女性達の着ている美しい衣類(チルピィ)も多く赤字か黒字に赤い刺繍で飾られます。ごく稀に黄色地の
チルピィがありますが、これは男子を産み成人させた女性が、白地は63歳を、迎えた女性だけが着られるモノだと聞いたことがあります。
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     トルクメンの女性達 J.Thompspn 1993 sazabys catalogより引用≫


余談ですが、このチルピィは袖を通して着る場合と頭から被る袖のないものがあるようですが、日本にも庄内地方(山形県)に「かつぎ」と呼ばれる被り物があって驚きました。トルクメン族はトルコ=モンゴル系なので時々日本人のような顔立ちの人がいて驚くことがあります。
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                ≪トルクメンの衣装チルピィ 袖のように見えるのは飾り≫


また、もうひとつトルクメンの魅力に優れた金属加工技術によりアクセサリーの手仕事があります。
日本でもポーラ美術館がコレクションを持っていて、それだけを集めた本「シルクロードの赤い宝石」も出版されているので、いつか紹介してみたいです。
今回の文化服飾博物館にも何点かの素晴らしいアクセサリーが展示されていました。昔のものはシルバーに赤い宝石(紅玉瑞=カーネリアン)が使われているようでした。騎馬民族でもあるトルクメンが馬具や蹄鉄、鐙などの乗馬用の金属加工技術に長けていたことは良く知られていて、日本に於ける蹈鞴(たたら)製鉄技術集団との関連性も興味深いようです。蹈鞴(たたら)=タタール(韃靼人)なども彷彿させます。
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                  ≪トルクメンの装身具 金属加工 IPAKYL HP より≫


トルクメンといえば「赤」。この赤い色に魅せられた人々の手仕事を10月より紹介します。
詳しくはこちらから。 手仕事フェスタ=sui=vol.2
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# by caffetribe | 2009-09-19 00:20 | Life is color