ブログトップ

部族の絨毯と布 caffetribe

caffetribe.exblog.jp

部族の絨毯と布

ここ一ヶ月ほど「赤という色」に出会う機会に恵まれた。
10年ほど前になるが、部族の赤い世界という企画展を何度か行った。当時集中して収集できたウズベク族の手仕事「スザニ」トルクメン族の伝統的「トライバルラグ=部族絨毯」、カンボジア・クメール民族による絹絣「サンポットホール=イカット」そしてビルマ・シャン族の漆工芸などである。
a0051903_23123266.jpg

                 ≪1998年 展示会のDM写真≫

集めてみると、どんどん「赤い色」のもつ不思議な魔力のような力に魅せられ「赤」にはどんな意味があるのか
世界にはどんな赤い色の手仕事があるのか、赤にまつわる世界に引きこまれて行った。

a0051903_23173242.jpg

   ≪ウズベキスタン タシケント 刺繍布 スザニ  ≫
赤にのめりこんだ原因のひとつがこの布との出会いであった。当時はスザニブームの少し前で、ソ連が崩壊して間も無く始まったウズベクの市場経済への移行期でもあり、ソ連時代に隠し持っていたアンティークな手仕事が放出されるというタイミングでもあった。知る人ぞ知る世界の至宝のひとつであったウズベクのスザニイカット(絹絣)を巡っての争奪戦が始まったばかりであった。
前置きが長くなったしまったが、このスザニはそんな時代に日本に渡って来たもので生成りの木綿地がほぼ見えないほどのみっちりとした刺繍が施されている。この大胆な構図はまさに力の象徴なのか、円形のモチーフは太陽とも月とも石榴とも言われるミステリアスサークルである。
渋谷のあるギャラリーで展示したときにこの布を正面に掛けていたら、あまりもインパクトが強すぎるので
取り替えて欲しいというクレームが来たこともあった。

a0051903_016313.jpg

 ≪ウズベキスタン フェルガナ地方 チャパン 絹絣 イカット 文化服飾博物館所蔵≫
19990年代、目の聞いたバイヤー達は、価格差の大きいウズベキスタンからいち早く逸品を入手し、イスタンブールなどを経由して欧米のコレクターや美術館にディールしていた。まさに一攫千金のチャンスがあった時代である。

話は変わって、現在新宿にある文化服装学院服飾博物館において「赤い服」~日本と世界の様々な赤~という展示会が行われている。会期は9月30日まで先週末にはギャラリートークも行われた。
a0051903_2335578.jpg


さすがに世界各地の民族衣装のコレクションはトップクラスのモノばかりで見ごたえのあるものだった。
同時の「赤い世界」が展開され会場にいるだけで、ワクワクし、大げさだが体が火照るような感覚があった。
実は2回も見に行ったのだが、その度に高揚した気分を味わえた。

a0051903_23422537.jpg

a0051903_23442262.jpg

a0051903_23451391.jpg

a0051903_23455546.jpg

        ≪文化服飾博物館出版 「世界の民族衣装」からの引用。≫

上から韓国・中国・アフガニスタン・シリアとどれもが見事な「赤い服の世界」である。
もちろん日本を代表する打掛やラシャの陣羽織など博物館の自慢のコレクション総動員の展示である。
展示では赤い染料なども展示され染織ファンには親切な展示にもなっている。

10月からは手仕事フェスタsui. vol2でもアジアの赤をテーマにした展示を予定している。
少し涼しくなってきた秋の入り口に「赤の色の不思議」を出来ればしばらく続けて見たいものだ・・・。
[PR]
# by caffetribe | 2009-09-14 23:56 | Life is color
今時思いだすのは、そう、すこしずつ記憶から遠ざかりつつある2001年9.11同時多発テロ事件である。
おそらく何年前のブログにも書いたと思うが、やはり21世紀はこの事件から始まり未だにそれは世界各地の状況を変え、アフガニスタンでもイラクでも、そしてアメリカでも多くの人々の人生をより複雑なものにした。
出来そうもない事かもしれないが、9月11日は世界中で現在も続いている紛争をストップしそれが何ゆえに起きているのかを考える日になったらと願う。

8年前のその日パキスタン西南部のバローチスタンに滞在していた。

a0051903_17562952.jpg

カラートへ向う峠の道

W大学のM先生(バローチ研究家)と共に暫く滞在していた、パキスタンの都市クエッタからさらにバローチスタンの奥地を目指すべく、ピックアップトラックをチャーターしてバローチスタンの古都カラート(砦)から年老いた楽師を探すべく秘境?ニチャラー村を目指していた。

a0051903_1757443.jpg

          パキスタン南部 バローチスタン州 カラートの町

この町に着いたのが2001年9月12日まさにNYがパニックになったその後であった。
町は至って平穏であり3年ほど続いた厳しい旱魃の影響なのか、乾いた砂埃が風に舞う景色が印象的だった。ここではラクダ市などを眺めたり、これから入るニチャーラー村に必要な荷物の買出しや乏しい村への情報収集を行った。

a0051903_1853178.jpg

          パキスタン南部 バローチスタン州 カラートの町

この町に多く暮らしているのは、バローチ(イランではバルーチ)族系の人々でその中にはブーラフィー族といわれる人々がいる。特にこのカラートから南部はブーラフィー系の人々が多く暮らしているようだ。
また、ブーラフィー系の人々はあまり商業活動を好しとしない風潮があるようで、商店などはパシュトゥーン系の人々に委ねているようだ。
私にはブーラフィー族とバローチ族とは外見的には、ほとんど見分けがつかない。研究者M先生にはその違いがわかるらしい。
まず言葉が違うらしい、バローチ族はペルシア語系でイラン~イラクにも多いクルド人の使うクルド語にも近いそうだ。それに対してブーラフィー族はなんとインド南部が原郷とも言われるドラヴィダ語系らしい。
M先生はこの文法的にも困難極まりない、ブーラフィー語をクエッタのバローチスタン大学でマスターされたらしい。そしてこのイトオシキしき「サベージ=野蛮人」ブーラフィー族をこよなく愛しておられるようだ。
其の旅でもそれは様々な形で体験することが出来た。

a0051903_18181198.jpg

          これはM先生がなんとオークションで入手された絵葉書。M先生より
a0051903_18192050.jpg

     そしてこれが誇り高きブーラフィー族の戦士である。M先生より

同時にブラフィー族は美しいキリムを多く織る。彼らの言葉(ブーラフィー語)でキリム(敷物)をコーントと呼ぶ
ようだが、これは彼らが得意とする芸能活動において詠われる詩の中にも登場するようだ。
≪コーントを広げればそこは花園・・・・。≫遊牧民にとってそれは共通の楽園的イメージなのだろう。
a0051903_1829664.jpg

      朝もやの中で演奏してくれたブラフィー族の楽師 弾くのはサローズ。

現在も混迷の続くパキスタン南部~アフガニスタン美しい詩や音楽を愛する人々に一刻も早い平和が訪れることを願う。
[PR]
# by caffetribe | 2009-09-11 18:31 | 出会いの旅
生命の樹を検索でひいてみると、上位に出てくるのは「セフィロトの樹 」ユダヤ教の神秘思想カバラに登場する生命の樹である。
a0051903_064727.jpg

このシンボル的なモチーフに関してはWikipedia をはじめ多くの情報があるのでここではあえて紹介しないが旧約聖書にも登場する象徴的な文様の代表といえるかもしれない。
言い換えると、一神教的世界観の中でこの「セフィロトの樹 」=生命樹は精神世界の中心をなす無意識的イメージの世界でも重要な意味を持ってきたといえるのだろう。
前回から紹介してきた遊牧民のキリムや部族絨毯に表現された「生命の樹」も西アジアに於ける一神教世界観に自然と溶け込んできたものかもしれない。ところが、イスラム教という絶対的な一神教のなかで、ある意味で信仰の対象ともなりえる「生命の樹」文様はどのような意味を持ちどのように表現されてきたのだろうか?
ここにとてもユニークな一枚の絨毯がある。

a0051903_0214083.jpg

                 イラン イスファハン 樹木文様 コルクウール 

この絨毯に画かれている、柳のような樹木と鶴のような鳥はイスラム美術というよりは中国絵画的、もっといえば、書画骨董の「掛け軸」に出てくるような「絵画」である。日本の絨毯研究の第一人者といわれる杉村棟先生も本来のご専門は「イスラム美術」で特に中国絵画とイスラム美術との関係性がライフワークであると仰っておられた。さらに生命樹=神樹と柱立て、そこに欠かせない鳥と樹木の関連性は実に興味深い世界が広がっている。
2001年に出版され、このあたりについてたいへんに詳しく書かれた本で「神樹」~東アジアの柱立て~
という本がある。
a0051903_0344714.jpg

民俗学者の萩原秀三郎氏著作のカラー写真も豊富な名作であるが、宇宙の中心を巡るというコンテンツのなかに信州の奇祭「諏訪神社の御柱祭り」から中国少数民族の「稲と鳥と太陽」の生命樹信仰(本の表紙)からシベリアに於けるシャーマニズムの中心的役割を担う「柱立て儀礼」を貴重なフィールドワークと共に紹介している。

a0051903_0435889.jpga0051903_0441875.jpg




諏訪神社の御柱祭り
「御柱祭り公式サイトより引用」








もちろん東アジアに限らず、東南アジア、インドネシア、インド、ネパールなどにも非常に共通した祭りや儀礼信仰の対象となる表現は驚くほど多くまた類似している。
インドネシアスマトラ島に伝わる儀礼布タンパンクロス「霊船布」にも生命樹と鳥や龍の複合した表現が多く見られる。この地域の人々にとって船と生命樹そして龍に乗る祖霊は彼らの先祖そのものとして、神話世界に登場する最も重要なイメージでもある。(先祖は船に乗って海のかなたからやってきたと伝えられている。)

a0051903_047796.jpg

                インドネシア スマトラ島  霊船文様布  タンパンクロス

こうした鳥や龍と共に表現される生命樹はアジアにのみならず、汎太平洋に広がる先住民文化にも共通して見られるようだ。例えば、北米地域の先住民文化としてよく知られるトーテムポールやアーストラリア先住民のスターポール、北欧先住民ケルト文化のメイポールなど数え上げればきりがない・・・。

こうしたトーテミズム的(アニミズム的)シンボルを持つ生命樹文化は、イスラム教が広まった地域のなかでも、遊牧的な生活を続けて生きた人々のなかに、時として表現される場合があるようだ。
a0051903_122489.jpg

                      バルーチ族 祈祷用絨毯の部分

このなんともユニークなモチーフはバルーチ族の祈祷用絨毯のなかに表現された文様である。
鶏冠を持つ鶏のようなモチーフはバルーチ族にとって重要なトーテムを意味するモチーフのようだが、この中では生命樹と混合されてなんとも不思議な形として表現されている。
西アジアに暮らす遊牧民にとっても生命樹+鳥などはイスラム教以前のアミニズムやトーテミズムあるいはシャーマニズムなどのいわゆる原始的信仰といわれるものの名残なのか・・・?
イラン西部のザクロス山脈地域のルリスターンにも鳥と柱に関連するような奇妙なブロンズが出土している。

象徴的文様の持つ意味を探る上でも興味深い世界である・・・。
[PR]
# by caffetribe | 2009-09-08 01:07 | A Tree of Life 生命の木
昨日でエスニカさんのセールが終了いたしました。
会場にお越し頂いた方々や会場となった、エスニカさんには大変にお世話になりました。
心よりお礼申し上げます。

会期中に更新出来なかった「生命の樹」モチーフに関して少しばかり補足したいと思います。
部族じゅうたんやキリムには実に様々な形をした生命樹が登場しますが、同時に違った部族でも共通した「生命の樹」モチーフも表現されています。
部族の間で共通に表現される「生命の樹」モチーフが移動などで伝えられたものなのか、自然発生的なものなのかを考察することで、交流による伝播か、先天的な嗜好なのかという、文様発祥の起源を知る手掛かりとなる可能性を秘めているように思えます。

ここではいくつかの、部族じゅうたんやキリムに良く見られるモチーフを紹介します。

            ≪真っ直ぐに伸びた樹木が左右に枝を広げている「生命の樹」文様≫
a0051903_16343612.jpg

   バルーチ族 シスターン地方(イラン東部) 袋物 表面 ジジム (縫い取り織り) 羊毛
           
a0051903_16512082.jpg

      シャーセバン族 イラン北西部モーガン山周辺 サドルバック ジジム (縫い取り織り)

a0051903_1657289.jpg

      シャーセバン族 イラン北西部モーガン山周辺 サドルバック ジジム (縫い取り織り)

上の三つの「生命の樹」モチーフは共通して袋物の表皮部分全体に表現されている。枝部分の濃密度に多少の違いはあるものの全体的なフォルムは似ているといえるかもしれません。
バルーチ族はシリアなどのアラブ地域からカスピ海沿岸を通過して、現在のホラサーン地方からシスターン地方~アフガン~パキスタン広い地域に生活範囲を広げています。
カスピ海沿岸地域を通過する際に、シャーセバン族との交流があったことは容易に考えられます。

a0051903_1775966.jpg

 バルーチ族 ホラサーン地方(イラン北東部) ソフレ 食卓布 ジジム (縫い取り織り)
このソフレ(食卓布)は最も気に入っていたアンティークキリムの一枚だが、ホラサーン地方のバルーチ族を代表する「生命の樹」文様が見事に表現されています。

a0051903_17222359.jpg

バルーチ族 ホラサーン地方(イラン北東部) ソフレ 食卓布 ジジム (縫い取り織り)
a0051903_17234341.jpg

バルーチ族 ホラサーン地方(イラン北東部) ソフレ 食卓布 ジジム (縫い取り織り)

上の3点は共にイラン東北部の豊穣な地域ホラサーン地方のバルーチ族のものだが、共通した「生命の樹」文様が織り込まれたソフレで、食事の時に広げられる遊牧民にとって貴重なラクダ毛を使ったアンティークキリムです。このホラサーン地方は古くから豊穣の土地として力のある遊牧系部族の集まる土地であり、北部には騎馬民族のトルクメン族、西部にはイラク側のクルディスタンから分離させられたクルド族が、南部には多様な支族を持つバルーチ族が移動生活を続けてきました。
豊かでなだらかな土地であるホラサーンは、西瓜やメロン、葡萄などの果実、紅玉瑞(カーネリアン)、瑪瑙(メノウ)、トルコ石(フィルゼ)などの天然貴石、そして質の高い羊毛の産地として名高く大型の一こぶラクダも多く棲んでいます。
a0051903_17405461.jpg

       クルド族 ホラサーン地方(イラン北東部) ソフレ 食卓布 ジジム (縫い取り織り)
食卓布の細長いソフレは大型のラクダを所持する限定された部族によって織られるが、脂分を含んだラクダの毛は発水性が高く、テント内に敷かれた大型のキリムや絨毯を汚さないためにも欠かせないものです。
このラクダの毛を使用したソフレはホラサーン地方のクルド族やバルーチ族に特に多く、食事の場を和ませるであろう「生命の樹」文様が織り込まれています。

「生命の樹」文様はおそらく、多くの願いや信仰の対象として表現される事もあるのだろうが、乾燥地域においては樹木=水場=オアシスという遊牧系民族の心を癒すシンボル的な意味もあるように思えます。
[PR]
# by caffetribe | 2009-08-31 17:54 | A Tree of Life 生命の木
ホームページをリニューアルしています。
今回のウェブサイトの製作及びデザインはに中国家具が御専門のエスニカさんにお願いいたしました。
ここ一月ほどで色々とアイデアを交換しながらやっとオープンできそうです。

昨年の手仕事プロジェクトがご縁で、5月の手仕事フェスタ=sui=の共同企画などのコラボレーションが続いている横浜エスニカさんとの新しい試みでリニューアル開設記念イベントを行います。

そのキーワードが生命の樹(木)です。
a0051903_22115056.jpg


“生命の樹”は、神話や宗教的シンボルとして世界各地で顕わされ、その存在を確かなものとしてきたようです。
辞書によれば、特定の樹木を生命力の源泉、また豊饒(ほうじょう)・生産の象徴として崇拝する宗教現象。
古代オリエントを中心に、1本の樹木の両側に1頭の動物を描く図像があらわれ、東西に広く伝わった。聖書では、楽園の中央に知恵の樹(善悪を知る樹)と並んで立つ聖樹。
a0051903_2221319.jpg

イラク・ニネヴェ遺跡の石に刻まれたモチーフ。古代オリエント世界に共通する羽根を持つ象徴的イメージは
メソポタミア~ペルシア世界によく見られます。


この“生命の樹”のモチーフも世界中の手仕事のなかに取り入れられて来たことは良く知られています。
絨毯やキリム文様にもたくさんの“生命の樹”が取り込まれています。
a0051903_2321940.jpg

以前にアップしたヘラティ文様で紹介したJ.Ford著の「OrientalCarpets」のなかでも絨毯やキリムの中の“生命の樹”を5つに分類しています。
ただし、これはあくまでも文様としての表現方法からの分類であって、“生命の樹”には歴史的にも宗教的にも精神世界的にも非常に深い意味が込めれらているように思ってきました。

このブログでもいつか取り上げようと思いつつ、思い入れが強すぎて?ここまで来てしまいました。
a0051903_22295817.jpg

世界中の部族の儀礼や神話にも登場する“生命の樹”とは一体何なのか?
おそらく答えは見つかりそうにもありませんが、想像を広げてゆきたいと思っています。
乾燥した地帯に生活する人々にとって“生命の樹”は水のある場所=オアシスをイメージさせてくれるのではないでしょうか?同時にそこには花があり庭となり、鳥や動物達が集まる楽園。そしてそれが永遠に続くような祈りの場所となるのではないでしょうか・・・。

J.Ford氏の分類によれば
1.絵画的なデザインとしての“生命の樹”リアルな木そのものや、デザイン化された象徴としての“生命の樹”
a0051903_22391480.jpg

2.鳥や動物を取り囲む“生命の樹” seneh pictrial rug
a0051903_22534177.jpg

3.祈祷用絨毯の中の“生命の樹” baluch prayer rug
a0051903_2250123.jpg

4.Vase Dsign 花瓶文様としての“生命の樹” besir turkman rug
a0051903_22475890.jpg

5.Garden Design 庭園文様としての“生命の樹” khrasan baluch vase rug
a0051903_22483525.jpg


もちろん“生命の樹”のデザインはこれだけでなく、シンプルなソフレやサドルバックの表皮、バーリシト(枕)などの袋物などにも象徴的デザインとして取り込まれているのです。

特にホラサーンクルド族の細長いソフレなどの中央にひっそりと立つ素朴な“生命の樹”に魅せられます。
a0051903_2303086.jpg


このブログでもまた新しいHPでもこの気になる生命の木を引き続き取り上げてゆきたく思っています。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

                           =お知らせ=


今週金曜日7/31より8/30までの約1ヶ月を利用し、「トライブ ウェブサイト リニューアル記念 合同サマーセール」を開催いたします。今回はこれまでにないびっくりするような価格でお届けいたします。50%OFFも。

a0051903_2355285.jpg

また、期間中に税抜き30000円以上のお買い物をしていただいたお客様には、
triBe & ethnica w-named t-shirt をプレゼントします。
沢山の色から選べますので、店頭にて、お好みの色をお伝え下さい。
Tシャツは、9月半ばより郵送にてお届けします。

DMハガキが届いた方は、ハガキ持参。ハガキをお持ちでない方は、エスニカとトライブで発表される2つのキーワードを繋げて、今回のTシャツに使用されているモチーフの英名を店頭で仰ってください。
こちらからのキーワード  ・ ・・・・ of Life 前半の部分は、エスニカ公式ブログよりご確認下さい。
[PR]
# by caffetribe | 2009-07-27 23:07 | 文様から観えること
だいぶ暑くなって来ました。
京都の祇園祭りもそろそろクライマックスの山鉾巡行が17日夜に行われるようです。
8年ほど前に出かけたのですが、その時は奇しくも台風が近づいてきているという不安定な状況でしたが、今年2009年は天気はよさそうです。でも今頃の京都の町はさぞかしホットなことでしょう。

a0051903_1258273.jpg

                  ≪月鉾 巡行≫ 写真 HALIマガシンより引用

祇園祭りの縣装品にかなり古い絨毯が飾られているという事を知ったのは15年ほど前のことです。
最初で最後かもしれない規模の絨毯展が大阪の民族学博物館で行なわれました。
アルダビルカーペットやペッゾーリの狩猟文絨毯など‥、現存では世界最高レベルの絨毯が数多く並んだ、信じられない展示会でした。
この中で負けず劣らない絨毯が、この祇園祭の山鉾に掛けられた縣装品としての古渡り絨毯でした。それらは、ムガール時代のインド産やペルシア最盛期の逸品といわれる通称ポロネーズ絨毯などで、世界でも数点しか残っていない貴重なものばかりでした。

a0051903_1343682.jpg

                  ≪月鉾 17世紀 ムガール絨毯  前掛≫

この絨毯が海外の研究者などにも、最も高く評価された月鉾の前飾りのムガール朝時代に織られたと
思われる絨毯です。これ以外にも油天神山・岩戸山・函谷・北観音山・鶏・長刀・放下・南観音山など
山・鉾にオリエント地域で織られたと思われる絨毯が飾られ、その数は30枚にも。

a0051903_13115957.jpg


a0051903_13121570.jpg

             ≪山鉾左右の懸装品 胴掛 ≫
山・鉾の前後左右に飾られる絨毯はゴブラン織りや綴れ錦などと並んで、伝統的にもかなり古くから祇園祭に登場しているようだ。
ちなみに北観音山の絨毯は、ペルシア文化の影響の濃いムガール朝時代のインド産のものが多く、美しい建造物や染織文化の花開いたムガールならではの、華やかさをもってる。
ムガール朝絨毯はパキスタンのラホールなどが中心産地で、今もラホールでは絨毯織りの伝統はしっかり残っている。
ただこの絨毯達も日本では長い間、ペルシア絨毯(イラン製)と思われていたようである。これらの絨毯の多くがペルシア絨毯ではなく、ムガールのものだということがわかったのは、比較的新しくアメリカのメトロポリタン美術館の研究チームが調査を行い、有名な絨毯達がムガール時代のインドで織られたことがわかったようだ。この研究チームのリーダーは当時メトロポリタン美術館の東洋染織研究のトップであった梶谷宣子先生という京都在住の研究者であったことも面白い事実である。
これだけまとまった数のムガール朝の絨毯がほぼ完璧な状態で保存されていたということは逆にとても珍しく貴重な所蔵品としての価値は高く評価されたようだ。
a0051903_13254010.jpg

                    ≪ムガール朝絨毯 北観音山 後掛 17世紀末≫
驚くのは、これら絨毯文化の最盛期に織られた絨毯がほぼ完璧な状態で保存されていることである。
祇園祭を訪れた際、無理を言って懸装品が保存してある蔵を見学させて頂いたのだが、絨毯を保管するために絨毯が折れ曲がらないような大きさの特注の桐箱が作られその中に、吊るしてしまうという気の使いようにさすが日本人の細やかさと納得したことを憶えています。
このような心使いがあったからこそ、高温多湿な日本でもこれらの絨毯や懸装品が状態良く残っていたわけで、海外での評価も上がったといえそうだ。イギリスの絨毯研究紙「HALI」マガシンも1994年に取材に来て月鉾の絨毯はその表紙を飾っていました。
a0051903_13374485.jpg

                    ≪放下鉾保存 胴掛 17世紀前半≫
この絨毯は以前紹介した「ヘラティ文様」の源流のようなモチーフが織り込まれている。絨毯中央部にある中心柄を囲むように4枚の葉のようなモチーフが見える。

世界でも貴重といわれるムガール絨毯が日本に、これほど多く残っているのはどうしてなのか?
日本に於ける数少ない絨毯研究者の杉村棟氏は、「絨毯=シルクロードの華=」のなかで、江戸期の日本が
東インド会社などを通じて西方諸国と海上貿易をしていたのではないか?という見解を述べられています。
実際にこれらの絨毯の年代を特定する際にも、これら飾り物の寄進、購入、補修などの明細が記入されている寄進帳に記された年代が大きな証拠となったこともあげられています。

この暑さを感じると、祇園祭を思い出し、この暑さのなかしか見られない貴重なアンティーク絨毯に思いが馳せます。
[PR]
# by caffetribe | 2009-07-16 13:34 | じゅうたん会議
絨毯の仕事を始めた頃、何度も展示会をしたのが久我山です。
そんな縁のある久我山のギャラリーで久しぶりの展示会です。
a0051903_21144617.jpg


ギャラリー囲織庵は住宅街に中にある静かなところです。
久我山駅のすぐ北側にある神田川の遊歩道を歩いて5分ほどのところにあります。
まるでここが杉並区と思えるほど閑静で落ち着いたところです。
a0051903_2120684.jpg


a0051903_21221414.jpg


まるで小さな森の中にあるギャラリーのような雰囲気です。

今回の展示は『小さなものを集めて』というサブタイトルですが、トンボ玉やアンティークビーズなど。
a0051903_2124112.jpg


カンボジアやベトナムで集めた小さな壺(石灰入れ)などの陶器や染付けの磁器など。
a0051903_21253039.jpg


イランのアンティークマーケットで少しづづ集めた、鉄製の鍵(使えます。)
a0051903_21281249.jpg


これも少しづつ集めてきた、ホラサーンクルドやシャーサバン族のジャジム。
a0051903_21314398.jpg



そして、クバ王国の布、ジャワ島ガジ村の手紬のバティク、インドラジャスタンの更紗などなどの布・・・・。

 
a0051903_2134066.jpg


お待ちしています・・・。

会期は6月27日(土)~30(火) 時間:11:00~18:00 30日は4時まで
ギャラリー囲織庵 杉並区久我山2-16-3  電話 03-3332-1225
京王井の頭線 久我山駅下車 徒歩4~5分

a0051903_2142352.jpg

[PR]
# by caffetribe | 2009-06-26 21:42 | 展示会あれこれ
半年ほど前から準備を始め、先月はほとんどかかりっきりであった手仕事フェスタsui無事に終了しました。
絨毯や布、アンティーク家具好きの出展者と来場者がひとつになれるお祭りのようなイベントができたら・・・。
そんな思いが通じたのかたくさんの手仕事好きな人々との交流が出来ました。
お越しいただいた方、ブログなどを通じて応援して頂いた方々に感謝しています。

アトラクションや様々なレクチャー、オークションの準備などで、出展ブースにほとんどいる時間が無く、来て頂いた絨毯好きの方々とゆっくりとお話が出来なかったのが心残りです。
その後メールなどで、ブログを見ています。という声を聞き怠けていた自分に鞭打って、少しずつつでも続けて
行きたいと今は思っています。 いつまで続くやら・・・・・。

まずは途中だったヘラティ文様の続きから。

ヘラティ文様がアフガニスタンの古代都市ヘラートに由来すること、イラン~アフガニスタンの絨毯文様として普遍的に愛されていることなどを前回に紹介したように思いますが、現在の特にイランではこのヘラティ文様は実に多くの地域の村や部族に愛用されています。

a0051903_22505613.jpg

これはイラン西部のクルディスタン地方のビジャーやギャラスなどの村々で盛んに織られる、メダリオンと
ヘラティが組み合わされた最もよく見かけるタイプの文様です。

このように絨毯産地全体に広がったモチーフとしては、以前に紹介したボテ文様(ペーズリー柄)などがありますが、ボテ文様が、絨毯以外のカシミールショールやテルメなどの毛織物、スザニなどの刺繍布など等幅広いテキスタイル全般に用いられるのに対して、ヘラティ文様は主に絨毯(一部のキリム)に使われてきたようです。
a0051903_2305418.jpg


20年ほど前は、イランの都市工房で制作されるいわゆるペルシア絨毯を取り扱っていたのですが、その頃に
も現在でもデパートなどでは、最もよく売れる、日本人に愛された絨毯文様もこのヘラティをちりばめた絨毯でした。このタブリーズ周辺で織られる絨毯を業界ではマヒ柄と呼んでしましたが、この由来は中央部分のひし形モチーフの周りを囲む4っつ(匹)の魚=ペルシア語のマヒにあるのです。
この四方を取り過去む特徴的モチーフがはたして魚(マヒ)なのかそれともアラベスク文様の先端にも表現される植物文様(尖った葉)なのかは、人それぞれ様々な意見がある様です。
a0051903_23115131.jpg


また、おそらくかなり前から存在するヘラティ文様が徐々に洗練され、完成されて行くのは、18世紀~19世紀初頭にかけて、イラン東北地方のホラサーン地方のムードやビルジャンド、カインなど村々の絨毯生産がその鍵を握っているようです。
2007年に行われたICOC(国際絨毯会議)の研究発表にも、ペルシア絨毯最盛期のサファビ朝の後、絨毯産業を支えたのは、優れたヘラティモチーフをさらに磨きあげたホラサーン周辺の村々の技術とデザインセンスが欠かせなかったという報告がありました。
a0051903_23212978.jpg


この発表を行ったのは、レバノンに住む大絨毯商マクタビ一族の御曹司、ハジ・マクタビ氏によるもので彼は
絨毯研究者のなかでも、オックスフォード大学で絨毯学の講座を持つJon Thompson氏の愛弟子でもあるようで、Jon Thompson氏自らがチェアを勤める、『イランに於ける絨毯学』コースの中で行われました。
いかにも長けた中近東のお金持ち御曹司風のハジ・マクタビ氏はまさしく、絨毯業界のエリートという匂いがしていました。会議のあとで、アスタラバザールの老舗の絨毯ショップで偶然にThompson氏と一緒のマクタビ親子に再開しましたが、いかにも彼のスポンサーという感じがしました。(これはやっかみでしょうか^^。)
おっと、話がそれました。

大昔に生まれ、200年ほど前に全盛期を迎えたヘラティ文様は、同じ地域の部族達にも愛用されています。
この文様をどちらが先に織り始めたかは、いつかまた調べたいですが個人的に好きなバルーチ族はヘラティ文様を実にうまくアレンジして織り込んでいることは良く知られています。

a0051903_2335344.jpg


この絨毯は今年の3月の仕入れで入手したものですが、大変に完成度の高いヘラティ文様が実に緻密に
織り込まれています。そのノット数はペルシア絨毯のイスファハンかテケの19世紀初頭のものかと思うほど
100年は経っていると思われますが、状態もよくフリンジ部分のキリムエンドも残っています。
ちなみにこの絨毯のひし形を囲むモチーフが魚だとすれば頭が二つあるようにも見えます。
体がギザギザなのをカスピ海に住むチョウザメに喩える人もいるのですが・・・?
そういわれると・・・・。なんとなくそれらしく・・・。

a0051903_23383092.jpg


こちらも同じくホラサーン地方のバルーチ族のものですが、こちらは頭がひとつなのでなんとなく魚にも見えそうですが。やはり尖った葉っぱのほうがそれらしくもありますね。
さて、皆さんはどちらに見えるのでしょうか・・・?
[PR]
# by caffetribe | 2009-06-03 23:44 | ヘラティ文様
昨年の夏に行われた、「美しい手仕事プロジェクト」からはや一年が経とうとしています。
a0051903_2236739.jpg

思えば色々なことがありましたが、多くの方々に参加して頂けたことを感謝しています。

今回はその「美しい手仕事プロジェクト」から、また一味違った方向へシフトしたいイベント『手仕事フェスタ=sui=』に参加します。
『手仕事フェスタ=sui=』15人を越えるたくさんの手仕事人が集まったお祭りです。
カンタありイカットあり、スザニあり、キリムあり、ギャッベあり、バルーチあり、中国家具・李朝家具あり
アンティーク家具あり、ウズベク陶器あり、苔アートありのなんでもありのイベントです。

まずは昨年に引き続いての登場は西ベンガル地方の刺し子「The Kanta」カンタ刺しです。
望月真理さんが福島いわき市から駆けつけてくれます。

昨年の復習なりますが。 『美しい手仕事プロジェクトより引用』

カンタとは・・・。

カンタには、サンスクリット語で「苦行者がはおっていたつぎはぎした布」という意味があります。
使い古され薄くなった木綿のサリーや腰布を再利用し、何枚も重ねて地布とし、これにサリーの端の色糸を使い繰り返し縫い合わせます。

a0051903_2240320.jpg


カンタの色と模様
使い古した木綿を使うため、地は白色です。その上に赤、藍、黒、黄色などを使います。
模様は基本的には融通無碍ですが、中央にロータス(蓮)を置き、その周りに動植物、ヒンドゥーの神々、幾何学模様など、平安な生活を願う吉祥文がよく描かれます。

a0051903_22421267.jpg


カンタからノクシカタへ
ベンガル地方に暮らす土着の女性たちの手による階層や宗教を超えた自由な手刺繍がカンタです。
一方、NGOなどの働きかけで、技術訓練を受けた農村女性が、売ることを目的として商品化されたカンタがノクシカタです。ノクシは絵を表します。

a0051903_22443093.jpg


望月真理が語るカンタの魅力
「カンタの魅力は自由勝手なところですね。その時ばったりというか、思いつくまま。曲がっていようが丸くしようが、三角にしようが上と下が違っていようが、即興で好きに刺している。西洋刺繍のように“こうあるべし”という決まりのない自由奔放な刺繍絵です」

a0051903_22445737.jpg


ワークショップはありませんが、29・30・31の三日間とも望月さんが会場入りして、上のようなコレクションを前にカンタについてのあれこれを語ってくれると思います。
カンタの技法については、もちろんですが、こうあるべきという考えにとらわれない柔軟な心がいかに大切かを
長年の経験からお話してくれることでしょう・・・。
手仕事とはなにか?どうしてこれほど心を打つのか、じっくりと経験して頂けると嬉しいです。

a0051903_22524459.jpg


また会場では、珍しい女性だけのユニット(沼沢ゆかりさん&石田詩織さん)による北インド音楽演奏や
インド舞踊&ヨーガなどの公演も行われます。

詳しくはこちらから手仕事フェスタSUI公式ブログ
[PR]
# by caffetribe | 2009-05-20 22:57 | テキスタイルテキスト
今から20年ほど前、絨毯の仕事を始めた頃絨毯に関する本を見つけるとあまり深く考えずに、余裕があれば
購入しそのまま本棚の肥やしとなっていた本が数冊あった。
当時は代表的な都市工房ものいわゆるペルシア絨毯を扱っていたこともあり、その産地やデザインの確認程度にしか見ていなかった本を開く機会があった。
タイトルは「The Oriental Carepet」というそのものずばりというもので、著者はP.R.J.FORD氏である。
サブタイトルとして、A History & Guide to Traditional Motifs,Patterns,and Symbols
べたに「伝統文様について歴史とガイド」という内容になっている。

この本を開くきっかけとなったのは、今年の春に仕入れた絨毯のなかに数点のヘラティ文様の絨毯が含まれていたからである。このヘラティ文様というのはその名もずばり現在のアフガニスタン西部の古都ヘラートに
因んだ絨毯文様という意味である。

a0051903_16491280.jpg


このヘラティ文様をネットなどで検索してみると『アカンサス(ハアザミ)の葉が様式化され、菱形に組み合わさってできる花文のモティーフは、ペルシャのヘラート(現アフガニスタン)に起源があると考えられてきたことからヘラーティーと呼ばれています。また、この葉の形が魚に似ることによりマーヒー(ペルシア語で魚)と呼ばれることもあり、この絨毯のように小さなヘラーティー・パターンで構成されたデザインは、リーズ・マーヒー(小さな魚)と呼ばれます。』となっていました。ペルシア大全(フランスベット株式会社)の絨毯情報ページより引用
a0051903_1713878.jpg

これはイラン北西部のクルド族の多くすむ地域で絨毯産地として名高いビジャー産の典型的ヘラティ文様です。日本では絨毯業者の間で、鉄の絨毯などと呼ばれているビジャー産の絨毯はその名のとおり大変頑丈に
織られています。上の解説にあったように見方によっては小さな魚に見立てて、マヒー(魚)モチーフとして呼ばれることもあるようです。特にタブリーズ周辺で織られるものにこのマヒー(魚)モチーフとして呼ばれることが多くマヒー柄といえば=タブリーズと思う業者も多いのではないかと思います。
では、このマヒー柄がどうしてアフガニスタンのヘラートに由来するのか長い間の疑問でもありました。
同時にこのモチーフは、バルーチ、クルドなどの部族絨毯のモチーフとしても良く使われます。
a0051903_1712364.jpg


今回見つけた絨毯ですが、バルーチ族の袋の表皮ですがこれはヘラート周辺のyakubu khani支族の
織ったものだそうです。

このほかにもいくつものヘラティ文様の絨毯がありますが、イラン各地の小さな村で織られる絨毯には本当に
たくさんのバリエーションのヘラティ文様が見られます。

a0051903_17203989.jpg

[PR]
# by caffetribe | 2009-05-05 17:21 |